フライングスパゲッティモンスター教(仮題)

川谷パルテノン

春、十六歳

「いた」

「んだよ」

 鬱陶しかった。親でもなんでもないくせに保護者づら。いつも付き纏ってきて何様だよと思っていた。

「帰ろう」

「関係ねえだろ!」

「あるよ!」

 今思えばこの人だったのかもしれない。今更遅いけれど。



 春、私の高校生活は始まらなかった。中学でグレて進学しなかったからだ。親との関係は最悪だった。いつからこうなったのかもはっきり覚えてない。父が会社の若い女と不倫してるのがバレてから両親の仲は険悪で、私はまだ小学生だったけど二人ともくたばれと毎日思っていた。私のために離婚しないって母は言ったけど、あの時「ありがとう」なんて言ったことがずっと後悔になった。中学に上がってからは会話もなくなり家族としては冷めきっていたけど毎晩毎晩言い合いが絶えなくて、私は遂にたまらなくなって二人が喧嘩してるところに唾を吐きかけて「死ね」と罵ったまま家を飛び出した。それからは友達の家に泊めてもらったりして凌いでたけれどそれも愛想を尽かされて、路頭に迷ってるうちに悪い知り合いが増えていった。その人達のおかげで死なずには済んでたけど言い換えればただ生きているだけで、居心地の悪かった家と何が違うのかもわからないまま、その場その場のノリみたいなものを楽しんでるフリで誤魔化してきた。誰にも連絡がつかない日があってむしゃくしゃしたりして、当然だけど親からも連絡なんてきてなくて、公園の屑かごにスマホを投げ捨てた。次の瞬間、捨てたはずのスマホが命綱だなんて冷静になってゴミの中からそれを漁ってる自分がどうしようもなく惨めで、夜で暗くてひとりぼっちで、上を向いたら桜が咲いていた。もう春かと思うと涙が止まらなくなって、でもどうせ一人だからとおもいっきり泣いて、それでも何もスッキリしなくて死んじゃおうと思った。そしたらスマホが鳴って、私は縋りつくように電話に出た。電話の相手は警察だって名乗った。

 何時間も取り調べを受けてた。付き合ってた連中が詐欺で摘発されて私も仲間だってことになったらしい。私はまだ十六になったばかりでこれからどうなるのかと思うと怖くて堪らなかった。取り調べの中で何もかもが嫌になって、やってもないことがやったことになって家庭裁判所に送られることになった。私は鑑別所で一ヶ月半を過ごした。その間のことはよく覚えていない。気の抜けたような感覚で気づくと時間だけが経っていた。警察の話だと両親は私のことについて取り合わなかったらしい。これで完全に縁が切れた。願ってたはずなのに、だから逃げてきたはずだったのに、それを聞いた日の夜だけはずっと泣いて寝れなかった。その後はもうそこを出るまでは無気力なまま過ごした。私は保護観察処分になった。それでそいつは面会に来た。そいつは一人でベラベラ喋ってたけど私は何一つ聞いてなかった。ただそいつは私の保護司で、一応両親が健在な私は施設には入れず、かといって帰る場所もなかったのでそいつの家で暮らすようなことになってた。うんざりだった。もう死なせてほしかった。誰にも必要とされずに生きるくらいならそうしたかったのにいきなり現れた奴と一緒に住めだなんて馬鹿かよと思った。鑑別所を出る日、そいつは外で待ってた。外はすっかり暖かくなってて桜は全部散ってた。

「じゃあ行こっか」

「行かねえ」

「でも」

「ついてくんな キメェ」

「とりあえずお茶でもする?」

「キメェって意味わかるおじさん? 誰がテメェなんかと」

「僕はさ、そのこの仕事に就いたばかりで、その頼りないかもしれないけど君を助けたいと思ってる」

「あたまおかしんじゃねえの? 私はあんたなんかに助けられなくても生きてける!」

「どうやって?」

「うるせえ」

「また戻るの」

「うるさい」

「君はまだ若い いくらでもやりなおせる」

 たぶん悔しかった。自分が無力なことはわかってた。でも本質を突かれてそうですねと引き下がれるほど私は大人じゃなかった。それは今もそうかもしれない。この時の苛立ちをどうぶつけたらいいかわからなくて私はそいつの頬を叩いてた。まだ鑑別所の手前だったから見てた職員が飛んできた。

「大丈夫です 大丈夫ですから」

 そいつは笑って職員に言った。死ぬほどむかついた。私は勝手に歩き出して、そいつはずっとついてきた。結局ファミレスに入って、私は無言でミックスグリルを食べた。そいつは私が食べてる間、ニヤニヤしながら黙ってこっちを見てくるのでキモくてうんざりした。

「あんた保護司とか言ってカラダ目当ての変態なんじゃねえの」

 店中に聞こえる声で言ってやったから視線の全部がこっちに集まった。そいつは飲みかけてたコーヒーを噴き出して咽せてた。


「あらためまして、君の保護司を務めさせていただきます 荻野目蓮二です よろしく」

 普通の一軒家だった。どことなく実家に似てたけど私が知らない町。そいつは家の前に着くと何故かまた自己紹介を始めて手を差し出した。

「安心して 親と同居してるから 君が思ってるような馬鹿な真似はしません 中に親父たちがいるから ほら ここで自己紹介の練習しとこう」

「もう馬鹿じゃね」

「ほら」

「だる」

「ほーら」

「……ニヤニヤすんじゃねえよ……溪澤瑞季」

「です、な まあいっか 入ろ? 暗くなってきた」

「だる」

 蓮二の顔をこの時はじめてちゃんと見れたと思う。面会に来てた時はうだつの上がらないおっさんって印象だったけど思ってたより若く見えた。思ってたより背が高かった。意味不明に親切で十六の私はそれにむかついてた。

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