皆勤賞 春
@kinokogohan
第1話 進級(G2)
「お、ギリギリじゃん。おはよ〜」
「間に合った?!聞いてくれよ〜俺が渡ろうとしたら信号全部赤になってんだけど」
「なにそれ運悪くてウケる。てか、この後クラス替わるじゃん?運の悪いお前とはクラス別にして欲しいわ」
「ひどくね?」
教室の後ろから聞こえるクラスメイトの喧騒をBGMに俺は目を閉じ頭を机に付けて目を閉じている。
午前8時10分。
休みの日ならば間違いなく眠りに就いている人間が半数はいそうな時間帯にも関わらず、俺たち学生は学校に通うことが求められている。
まあ、義務教育ではないので行きたくなければ行かないでもいいのだが。
と、そんなことを言いつつも、本日俺は誰よりも早く教室に飛び込んでいた。
その理由は本日から進級…すなわちクラス替えが発生するからである。
学生にとっての一大イベントである。
一年時にはクラスが離れすぎていたせいで、噂しか聞いたことなく、顔をろくに見たこともないような美少女と同じクラスになるかもしれないのである。
これで心躍らないわけがないじゃないか。
単純か?単純だな。だが、男子高校生たるもの頭の片隅には色恋沙汰のシチュエーションを置いてるものだろう。
ちなみに、男子小学生は頭の片隅に教室が突然襲撃されたらという妄想…男子中学生は英語の授業での6のときにクラスメイトの女子を見ること…を頭の片隅に置きながら授業を受けているものである。
…男ってマジで馬鹿だな。
「表彰…皆勤賞。一組西村…二組石橋、岩田……八組横山…九組御神本」
体育館に全校生徒が集まって校長等々の話を聞き流しながら、時間が経過していた。
そして、最後に表彰タイムである。
部活動での活躍や、勉学で成績を残した人の表彰の後に皆勤賞が表彰される。学業成績とは関係なしに、一年間学校を休まなければ授与される賞である。
スポーツ大会で優勝…勉学で学年一位を獲れば尊敬の眼差しで見られるというのに、皆勤賞を獲ったところで視線を浴びることはない。
そんなことを思いながらも、俺は校長から賞状を受け取る。我が一組では皆勤は俺だけだった。ちなみに、学年全体でも十人いるかいないかという授与者が少ない賞にも関わらず、羨ましがられない珍しい賞だ。
俺の場合は、単純に一年間、寝坊せず、風邪を引かなかったために受け取った賞である。
本当は寝坊して休んだりしたかったが、何故かアラームで起きてしまうんだからサボるのは自尊心が傷つくために、登校していたら一年が終了したのである。
ただ、頑丈な身体に産んでくれたことを両親には感謝したい。
なお、両親は海外出張というラノベ主人公みたいな展開のため直接伝えられないので心の中に留めておく。
「…というわけで、新しいクラスは渡り廊下に張り出してるので確認して新しい教室に入るように。お前ら一年間ありがとうな」
教室に戻ってから最後となる一年時の担任の先生の言葉を聞き終わるや否や、勢いよく出遅れずスタートダッシュを決めた男子生徒たちが渡り廊下へ一斉に駆け出す。
「走って怪我するなよ!」
という声に反応して足を止めて早歩きで渡り廊下を進む。
ちなみに俺は窓際の席ゆえにスタートダッシュは不可能だったのでゆっくりと先を立つ。
「また一緒のクラスじゃん」
「ほんとだ〜これで課題やらなくて済むわ」
やはり他クラスの面々も一斉に渡り廊下へ集まっているため、張り出されている掲示板まで進めない。
しばらく待つしかないか。
ため息を漏らして誰もいない売店近くの自販機へ向かうために、人の集まる渡り廊下の反対側へ。
「…」
自販機へ近づくと一人の女子生徒が先に佇んでいた。
目的は自販機なのだが、後ろからゆっくり近づく様は遠目から見たら不審者というか変質者というか…とにかく怪しげな人物にしか見えない気がする。
幸いにも制服を着た同じ学校の男子生徒という点でカバーできていると信じたい。
「あの〜」
女子生徒の隣の自販機の前に立ち、お金を投入。
いつものお茶というのも味気ない。新学年一発目だし、炭酸飲料にしようか。
「すいませ〜ん」
でも、炭酸そんなに好きじゃないんだよな。
「おい、そこの童貞コミュ障陰キャぼっち」
「あの、流石に言い過ぎだと思いますよ。喧嘩なら別の場所で…」
折角一人で楽しく脳内飲料選手権を開催しているのに、隣での暴言は聞き逃さなかった。お節介かもしれないが、注意してしまった。
「お前だよ、人が下手に声かけてりゃさっきからシカトしたんじゃねえよ」
「…いや、俺に声かける理由がないじゃないですか。あなたと俺初対面ですし〜…」
怖っ。女子高生怖っ。
でも顔綺麗だから許すわ。
って、そんな甘やかしてたら社会が駄目になるじゃないか。ここは心を鬼にして
「そんなこと言ってるから童貞陰キャコミュ障ぼっちなんじゃない?」
許してください。
「お金なら差し上げますのでご容赦ください」
「は?それじゃ私が恫喝…じゃなくて恐喝してるみたいじゃん。人の話は最後まで聞こうね?」
そう言いながら俺の顔を覗き込むように近づいてきた。というか恐喝と恫喝の違いってなんだよ。
恐怖と顔の良さで俺の心を揺らして何か企んでるのかと声を上げたいが、恐怖心の方が上回ったのか口は閉じたままである。
「お金貸して?」
「それって恐喝罪じゃないですか」
「タダで奪おうってわけじゃないから違うでしょ。それに、貸してってことは後に返す…もしくは等価交換を行う可能性があると考えないの?だから童貞陰キャコミュ障ぼっちなのよ」
「あの、何度も言い過ぎです」
生憎だが、顔は良い女子生徒からの罵詈雑言で喜ぶような性癖は持ち合わせていない。
「でも事実でしょ?」
「初対面の人に俺の個人情報を晒すわけにはいきません」
「その答えは認めたのと同意味でしょ。ってわけで、はい」
そういうと女子生徒は手の平を俺の方に向けた。
これが何を意味するか、理解できないわけもなく渋々財布から100円玉を取り出し差し出す。
「いや、足りないから」
圧が強い。
水でいいじゃんと思いながらも、もう一枚差し出して急いでその場から立ち去る。
進級一日目からツイてない。
渡り廊下に戻ると人混みはなくなっており、自分の名前を探すのに数十秒ほどしかかからなかった。
皆勤賞 春 @kinokogohan
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