第11話 ふたりの未来

 「条件に異存はないが、問題は、ロゼリア姫だろう。皇太子の言うように、最後の一文はアーサー王子がエセン王に頼んだものだな」

 

 アーサーは、王を真正面から見つめ、目をそらさずに答えた。

 「そうです。でも、先日もお伝えした通り、彼女以外とは結婚しないつもりでしたので、順番が少し早まっただけです。彼女の香水などの製造技術からいっても、他国に嫁がせることは国益に反することだというのはおわかりのはず。父王からすぐにこの提案がありました。私からは、彼女と前々から結婚したかったと伝えただけなのです」

 

 「ふむ。とはいえ、さすがだな。そなたのその政治手腕がほしい。婚姻関係を結びたいのだ。シルヴィアを側室にする件はどうだ」

 「父上、ロゼリアのほうが先です」

 「ディルク。そなたも、いずれ王になるのであれば、国益に関係する者を国から出すのがどのくらい危ういことか分かろう。彼女は諦めろ」

 

 「……そんな、あんまりです。ロゼリアをとられるなら、シルヴィアはやらないで下さい」

 「どういうことだ?」「何もかも、彼にとられるのは我慢ならない。弟にもしたくない」


 顔を真っ赤にして、早口でつぶやくように吐き捨てる皇太子を見て、王は笑い出した。

 「全く。お前はまだまだだな。まあ、恋敵を義兄弟にするのは可哀想か。だが、この機会にアーサー王子から学ぶことも必要だ。国の交渉という政治についてだ」

 「そうですね。それに、皇太子よりロゼリア姫のほうがうわてでしょう。他国の姫に操られでもしたら、困ります」

 王妃がウインクしながらロゼリアを見た。


 王は、正面を向いて二人に言った。

 「よかろう。この提案を受け入れよう。こちらの詳しいエネルギー支援とそちらの武力、魔導師団の援助、婚姻関係解除については書面におこそう。後ほど、それができ次第、正式に合意したら条約締結式をしよう。それで良いかな、二人とも」

 

 アーサーとロゼリアは顔を見合わせ、王に向き直ると了承の返事をした。


 アーサーは最後にひざまずき、挨拶した。

 「このたびは、事前にいろいろお伝えせず、ご迷惑をおかけいたしました。今後も我が国との強い結びつきをお願いいたします」

 

 広間を出ると、ピアース隊長がアーサーを呼び止めた。

 「良かったですね、王子。譲れないものを守り通りましたね。ご自身の力でここまでなさるとは、皇太子が可哀想でした」

 

 アーサーは、かぶりを振った。

 「……いえ。おわかりのはず。ロゼリアの策に助けられたのです。私だけの案では前回のようにはねのけられていた」

 「そうですね。そう考えれば、皇太子も貴方への嫉妬が減るやもしれません。でも、逆にのがした魚が大きいと気づくかな?」

 

 「隊長に教えて頂くのもあと少しになります。よろしくお願いします」

 二人はがっしり握手をすると別れた。

 

 一週間後、無事、両国の間で条約が締結された。

 その際、エセン王がバージニアにわざわざ来られた。今までの両国の関係を変えることやエセンの王族魔力については外に漏れると効力が失われる危険もあり、バージニアでも王室を含め、必要な者のみが知ることとし、国王同士で密談のうえ、詳細を決定した。


 エセン王に、直接拝謁する機会をもらった。

 今回の騒動に関しては、販売をエセンで最初にしなかったこと、本来なら降格処分だったことなどお叱りを受けた。


 ただ、感謝もされた。やはり、優秀な魔力を保有する第二王子を他国にとられるのは阻止したかったし、マリー様とどちらを出すか最後まで悩んだこと、私の策がアーサーを最終的に救ったことは有り難かったと礼を述べられた。その上で、正式に婚約者として迎えるとお約束いただいた。


 最後に驚いたことがあった。

 「君の、馬との関係は承知しているよ。君の家の守護精霊は、我が王家にとって非常に重要なものだからだ。君にその能力が備わったと分かったときに、伯爵より報告をもらっている。馬の成育は君の家の重要な仕事だからね。アーサーとの仲は、聞いていなかったが、こうなったことは我が国にとって僥倖といえる。君たちの子供が実に楽しみだ。それと、君の能力をアーサーは知っていたと思うよ」


 王は、にっこりと微笑みながら私に向かって手を伸ばした。

 「ようこそ、エセン王室へ。王妃や皇太子、妹姫もそなたを歓迎するよ。これからは君のその能力を是非国のために使ってくれ。そして、アーサーをよろしく頼むよ」


 私は、ただただ、嬉しくて涙を流してばかりだった。そして、父上もすべて分かった上で私を陰から助けてくれていたのだと痛感した。


 サラの店に商品を多めに残し、エセンに帰ることとなった。

 サラは、大喜びだった。香水などを国内で独占販売出来るようになり、利益の三分の一は王室へ、四分の一は我が伯爵家へ、残りはすべてサラの店のものとなった。売れ行きがものすごいので、全く損をしていない。商品の供給が需要に追いつかない。


 我が家では、商品を作るために大きな蒸留装置を設置して工場を作る予定だ。

 予想を上回る売れ行きで、大もうけになりそうだ。


 父上は、今回の功績と私の輿入れを鑑み、王様から公爵へ叙勲された。

 領地はそのままにさせていただいたが、国から頂くお金も増えたので、工場を新しく建てた。

 馬の成育場所を増やしたり、設備投資にお金が当てられた。


 お父様らしく、使用人達に今まで支えてきてくれた褒美として金一封と公爵家家臣として新しい衣装を渡した。

 公爵となっても、家族や使用人を大切にする。威張ったりしない。

 人として、本当に尊敬される父を誇りに思う。私も少しは恩返し出来たのなら良いのだが。


 婚約式の前に、我が家にアーサーが挨拶に来た。

 目にも麗しい正装だ。彼の出立前の姿を思い出した。


 まさか、この姿を私の求婚のために見せてくれる日がくるとは、夢のよう。

 部屋で、向かい合って手を握り合った。


「アーサー様、ひとつ聞き忘れたことがあります」

「なんだい?」


「模擬試合の前に、考えがあると言っておられたでしょ。まさか、反乱があるとわかってたわけではありませんよね?」

「もちろんだよ。模擬試合が終わったら、皇太子に声をかけて、王様と隊長に私の魔力を実際に見せようと思っていた。競技場は広いし、皆が下がったあとなら、魔力を見せやすいからね。それが、まさか実戦で使う羽目になるとは。来賓にも知られたから、裏目に出たよ」


「そうでしたか。まぁ、シュルト国にとっては、脅威に映ったことでしょう。その後反乱が収まっていることもそれが理由でしょう」

「そうだな。父王もそう考えておられた。牽制になるなら、悪くはないとね。それより、君のお転婆ぶりには脱帽だ。私の横でじっとしていられないだろうね。せめて、夜は毎晩私ひとりのものにしないとな」

 アーサーは意地悪い笑みを向けて、私の額を人差し指でつついた。


「そんな……。今回だけです。アーサー様を取られないためにあらゆる知恵を絞って考えてきたんですから」

「私は、待っていろと言わなかったかな、ロゼリア。これからは、内緒はなしだぞ、必ず私に相談してから行動するんだ」

「はい。気をつけます」

「気をつける?わかってないな。お仕置きだ」

 アーサーのカモミールの香りに包まれて、すぐにぐっと抱き寄せられ、食いつくようにキスされた。


 城に帰るため、ノエルのところに戻ったアーサーは、私に向き直ると言った。

「ノエルは、君と付き合う前から何故かロンのところに行こうとしていたんだ。以前、ノエルを引いて城内を散歩していたら、急に引き摺られたことがある。何故かそこには馬を連れた君達父子がいた。あれは、君が伯爵と登城した時だ。初めてあの丘で会って話した時もそうだった。遠乗りしていると、ノエルが突然勝手に走り出し、連れて行かれた所に君がロンと一緒にいたんだ。偶然かと思ったが、どうやらノエルがロンと会いたかったんじゃないかな。君がロンを通じて私を引っ張ってきたのかな?」

 

 私は、ビックリして、ロンに向かって「どういうこと?」と問いかけた。

 すると、ロンは「ヒ、ヒーン」とソッポを向いて鳴いた。


「知らない、関係ない、と言っています。でも、ロンは私に嘘はつけません。私には分かってしまうのです。どうやら、ノエルがロンに会いたがっていたのかも知れないですね。ロンがただの馬ではないと、アーサー様の愛馬にはわかっていたのかもしれません」


「まぁ、今となっては、感謝しかないよ。君に会わせてくれたんだ。これからは、ノエルとロンもいつも一緒だ。良かったな、ノエル」アーサーは、ノエルの鼻を撫でながら答えた。

「そう言えば、キース……私達と一緒にエリンと結婚式を挙げたらどうだ?」

「えっ?」キースとエリンは並んで合唱した。


「そうですね。今回の手柄はエリンにもあります。褒美として、キース殿との縁組を私達からのプレゼントにしましょう」

「お、お嬢様……」

「殿下、まさか」


「そうだな、2人は嫌か?」

「嫌じゃないです!」

「はは……」「ふふふ……」

 アーサー様と一緒に笑い出した。

 キースは顔を赤くして、エリンを見つめ、彼女は目を潤ませて見つめ返した。

 良かったわね、エリン。一緒にお嫁入りよ。


 それにしても、アーサー様奪還作戦、ハプニングもあったけど成功して本当に良かった。

 まさか、アーサー様と婚約できるなんて考えてもいなかった。幸せすぎる。

 やっぱり、何事も諦めず、突き進むのみ!

 アーサー様に言うと止められるから、これからも内緒で活動しなくちゃね。

 

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王子は香水姫を逃さない 花里美佐 @mii-sa

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