情報漏洩事件発生~③
彼は刑事部捜査一課所属の
そんな彼がまだ独身だった八年ほど前、須依は求婚されたことがある。二人が知り合ったのは今いる仕事場でなく、プライベートな場所だった。
というのも彼には、
略称がブラサカと呼ばれるブラインドサッカーは通称名で、正式の呼称は視覚障害者五人制サッカーである。最近だと女子の日本代表チームが結成され、国際試合をやるまでになった。
それでも競技人口が少ない為、国内のクラブチームでは男女混合でリーグ戦などを戦っている。よって須依も実家の赤羽と主な仕事の活動拠点である霞ヶ関との途中に練習場を構える、秀介と同じクラブチームに参加していたのだ。
弟の付き添いで仕事の休みと重なりたまたま来ていた所、同じチームに参加し始めたばかりの須依を見て的場は驚いたという。彼も小学校から高校までサッカーをしていた経験があり、須依がかつて元日本代表ユースの美少女選手と騒がれていたことを知っていたからだ。
そこで声をかけられ会話を交わすようになった。また須依がフリーの記者をしていると知り、その後仕事上でも多少関わり合う機会があった。そうしている内に、彼は須依に好意を持ち始めたらしい。
恐らく幼い頃から身近に視覚障害者がいた為、他の人のような偏見を持っていなかったからだろう。さらには話題になっていたユースの頃から、密かに憧れていたと後に教えられた。
やがて思いが募ったのだろう、ある日彼から呼び出され、結婚を前提に付き合って欲しいと告白されたのだ。
当然須依は驚いた。障害を負ってから、恋愛など自分には無縁だと諦めていたからでもある。ただそれだけではない。健常者の頃に味わった傷がトラウマとして残っており、またその頃は既に三十半ばになっていた点も影響した。
彼とは誤解を恐れず真剣に話し合った。過去の恋愛の件を伝えただけでなく、例え結婚したとしても高齢の為に子供は産めないかもしれない。生れたとしても的場家または須依が持つ遺伝子により、盲目の子の可能性だってある。そのような障害を持つ子を産んで育てる等、自分にはとても無理だと告げた。
さらに的場の須依に対する想いはどこか弟に対する感情と似て、同情心が含まれていないか。そう感じざるを得ないと正直に打ち明けたのである。その結果、互いに仕事が忙しくなった事情も重なり、距離をおくようになったのだ。
諦めた彼は後に同じく警視庁に勤める女性に告白され付き合い、やがて結婚した。それからは互いに友人として、また仕事上での情報を探り合う相手としての関係が続いている。
よって以前とは違うけれど、他の刑事達に比べれば須依に対して好意的な対応をしてくれる、数少ない相手であった。
「どうしたんです、こんなところで」
近づきながら、いつもの砕けた調子で答えた。
「白通で起こった事件の取材よ。東朝から応援依頼があって記者クラブで待機していたけど、動きがないからちょっと気晴らしにね」
もうすぐ互いに手を伸ばせば届くだろう距離で立ち止まった彼は、事件の内容を知っていたらしく納得したようだ。
「あれですか。詳しくは分かりませんけど、厄介で長引きそうな案件だと聞きましたが」
「そうなの。といって手間がかかる割には特別大きな事件に発展するか分からないから、私のような下請け記者にも仕事が回ってきたって訳。あっ、警察にとっては事件に大きいも小さいもないわよね。ごめんなさい」
同じく立ち止まって放った須依の愚痴に、彼は苦笑し
「いいえ、ここだけの話なら構いません。それに仕事があるだけいいじゃないですか。フリーでは何かと大変ですよね。大きな事件なら自由に動ける分、スクープも取りやすくていいかもしれませんが、そんな案件はそうそう捕まえられないでしょうし」
「そうね。今は
「でも東朝新聞に所属していた頃は、大きなスクープを連発していたんですよね」
「だからよ。フリーになった
手に持った白杖を持ち上げ自虐的に答えると、彼は気まずく感じたのか小さく謝った。
「すみません。分かったような口を利いてしまいました。こういうところなんですよね。須依さんに嫌われたのは」
須依は慌てて首を横に振った。
「違う、違う。こっちこそごめん。今抱えている案件が余りに動かなさ過ぎて退屈していたから、ちょっとぼやいただけ。気にしないで。それより的場さんはこれからどこへ行く予定だったの。トイレだったらお邪魔よね」
「いえいえ、僕も少し気分転換しようと、そこの自販機でコーヒーを買って飲もうとしていただけです」
「そうなの。じゃあ、ご一緒していいかな」
「もちろん。喜んで。ああ、私に
「ありがとう。ではお言葉に甘えて」
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