竹乃子椎武 朗読シナリオ

竹乃子椎武

情熱が一本足で立っている

 白い結晶が夜に傷をつける。どうりで冷えると思ったら。


 雪をしのぐ場所を探していたら、公園に大きな木を見つけた。

 まだまだ先は長い。あそこで羽を休めよう。



「となり、失礼するわ」


 先にいた女の子に断って、葉っぱの屋根に身を寄せた。

 地面が冷たい。ワタシは片足を上げて、寒さに身体を丸くする。

 

「……」


 先客がエゾモモンガのように丸い目で、ワタシの全身を見つめる。

 短いスカートにブレザー……学生か。


 彼女の視線は、居場所を探すように、雪の一粒ひとつぶ一粒を渡る。


「あの……もしかして……フラミンゴ……さん、ですか?」


 ワタシはくちばしの先をクイ、と上下させた。


「マジか……その、思ってたより、真っ赤っ赤ま か かなんですね。

 えーと、一本足で立つのって、体温を逃がさないためだって、獣医になりたい友達が言ってました。

 それから……ははは……あー、どうしよ。寒さで頭おかしくなったかな」


 彼女は、はにかみながらかがんで、露出した脚を抱え込む。

 ゆっくりと持ち上がっていく視線は、幻想的な光を放つ街灯に落ち着いた。

 つられてワタシも眺める。


 現実が静寂の向こう側へと離れていく。



「こんなところで、何してるんですか?」


 素朴な質問に、ワタシはありのままを説明する。

 自由にあこがれて動物園を飛び出した。これから海を越えて南へ向かうのだと。


「そういえばニュースでやってたかも。警察とか飼育員が探してるって」


 彼女とは他にも世間話を交わした。

 人間の言葉や知識は、檻の中で見聞きして覚えた。声色こわいろは気に入ったものを真似まねている。

 彼女は表情豊かに反応してくれるので、話していて楽しい。


 今度はワタシの番だ。最初に受けた質問をそのまま返す。


「お父さんとケンカしちゃって。進路のことで」


 彼女の吐く息は薄い。


「高校を卒業したら、東京にある声優の専門学校に行きたいんだ。あ、声優って、声でお芝居する役者さんのこと。


 だけどお父さんはこーんな顔して『専業で食べていけるのは、一握りの世界じゃあないか。成功しなかったときはどうするんだ? まずは地元の大学に行って、学歴とか資格を身につけなさい』って。


 でもそれじゃ遅いの!若さっていう武器があるのは今だけなんだよ!


 早いほうがキャリアも積めるし、田舎より都会の方がデビューのチャンスも多い。

 私だって、いろいろ調べてるんだから。


 歌もダンスもおしゃべりも、今の声優に求められることは練習してる。見た目にも気を使ってるし、もちろん演技だって、喜怒哀楽の表現とかちゃんと出来るし。学校の試験だって毎回二十番以内に入ってる。


 真剣なのに……なんで分かってくれないのかな……」


 彼女の熱意は、風前のともしびだった。


 ワタシは声優という仕事の知識を持っていないので、どちらの言い分が正しいのか判断はできない。もしかしたら、お互い間違っていないのかもしれない。


 それでも、寒空さむぞらに飲み込まれていく彼女を見かねて、ワタシはそっと身体を寄せた。


「……温かい」


 ワタシに抱きつくと、真っ赤な羽に白い両手を入れてくる。少しくすぐったい。


「友達が言ってた。フラミンゴの名前って『炎』が由来なんだって。すごくぴったり。かっこよくて……優しい」


 炎、ね。いいじゃない。気に入ったわ。


「ねえ、ワタシ、いくつに見える?」


「えっ? うーんと……人間で言うなら、二十代前半とか?」


「ふふっ。もっともっと年上。たぶん、あなたのお母さんの、お母さんくらいかしら。


「うそっ、おばあちゃん!? 声若いから全然分からなかった……でも海の向こうまで飛んでいくって大変じゃない?」


「そうしたいからするの」


 生命は時間と共に若さを失っていく。だけど心まで衰えていくわけじゃない。

 やりたいことがあるなら、年齢なんて関係ない。

 心のままに、情熱に従うべきだ。


 ワタシは彼女の悩みに答えることができない。

 だから代わりに、ワタシの炎を分けてあげよう。

 自慢の羽で彼女を包み込む。


「時間がかかっても、あなたの行きたい場所を目指しなさい。応援してる」


「……ありがと」



 ふいに気がついた。空気に異物が混じるような感覚。

 いつの間にか、嫌な気配に取り囲まれている。周囲には作業服を着た男たち。何やら網のようなものを持っている。


 あんなもので捕まるとは思えない。でも、飛ぶための助走を狙われると厄介だ。


 彼女も気配に気がついたらしい。

 抱きついたまま、そっとささやく。


「私、お父さん説得してみる。

 駄目だったとしても諦めない。絶対、声優になる。

 フラミンゴさんもがんばってね。今日のこと、忘れないから」


 彼女はふらふらと公園の中心に向かうと、いきなり叫び声を上げた。

 悲痛な絶叫に全員が釘付けとなり、地面でもがき苦しむ彼女に気を取られている。

 迫真の演技だ。


 時間をつくってくれた彼女に感謝し、ワタシは夜空に飛び立った。

 目指すは海の向こうの、自由な大地。



 燃える翼が冷たい闇を切り裂く。


 情熱は未来を照らし、理想へと導く火明かり。

 炎を絶やさなければ、いつか必ず、夢にたどり着くと信じている。


〈終〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る