決着

 目的地に向かうために、大きく迂回した。

 山の道を通り、ひらけていた場所を見つけたので、そこで一泊することになった。


 *


 舗装されおらず、砂利の敷かれた悪路。

 外灯がないので、エンジンを切ると真っ暗で、どこに何があるのか分からない。


 おまけに山道の途中だから、真っ暗闇で虫を踏みつけるのは避けたい。が、人間は尿意に勝てなかった。


 車の床で寝ているはずのリュドミラさんは、どこへ行ったのか姿が見えない。

 もしかしたら、俺と同じで用を足しているのかもしれなかった。


 俺は車のドアを開けて、外に出る。

 車を開けると、中の明かりが点いて、その漏れた明かりだけが頼りだ。

 本当は端っこで用を足したいけど、茂みに近づくのは何となく気が引けた。


 なので、車から離れた場所で、ツナギのチャックを下ろし、股間を出す。


 1か月前は、こんな生活になるなんて予想すらしなかった。

 後悔したって始まらないので、俺はこの先の事を考えた。


 北海道は冬が厳しいっていうけど、俺の地元とはどれくらい違うんだろう。

 同じ雪国だけど、やっぱ桁違いなんだろうか。


 そんな事を考えていると、『ジャリっ』と、背後から小さな音が聞こえた。

 この時、頭に浮かんだのは蛇である。


 夜行性の蛇といったら、毒蛇しか浮かばないので、非常に怖かった。


「勘弁してくれよ」


 用を足し終えると、すぐにツナギを元に戻す。

 そして、振り向くと、俺はバランスを崩して前かがみになった。


「うっ」


 こけたわけじゃない。

 のだ。


「シンたん」


 耳元で囁かれ、一気に鳥肌が立つ。

 俺は、カリナの乳房に顔を埋めていた。


「しーっ、だよ。夜だから、寝ている人起きちゃうでしょ」

「ど、どこにいたんだよ!」

「すぐ近くで見てたよ。あのアバズレが出てくまで、ずっと待ってたんだから」


 上体を起こされ、カリナに首筋の臭いを嗅がれる。


「……シンたん。臭い」

「もう、勘弁してくれよ。俺は、帰らない」


 こいつ、本当に何なんだ。

 こんなあっさりと出てくるのか?

 警戒してないのか?


 カリナの行動は、あまりにも大胆過ぎた。

 臭いと文句を言いつつ、カリナは俺から離れようとしない。


「ねえ。置いて行っちゃ嫌だよ」

「だから、……離せって!」


 本気の抵抗だった。

 力任せに突き放すと、カリナはよろめく。


「一緒に……」


 悲しげに両腕を広げる。が、すぐに目つきが変わり、カリナが腰元から何かを抜いた。


 それはリュドミラさんが言った通りの光景だった。

 一瞬、眩しい光がカリナの顔を照らす。


 ライトだ。


 眩しさに両腕を上げた途端、カリナの腹部から赤い水が噴き出した。


 一つ、二つ、三つ、四つ。


 何が起きたのか、すぐに理解した。

 離れた場所から、リュドミラさんがカリナを撃ったのだ。

 素人目からすれば、結構な間隔が空いていた。

 しかし、問題なかったようだ。


「リュドミラさん」


 リュドミラさんは汗だくだった。

 目は見開いて、安堵の息を吐かれた。


 カリナは横たわって、目を何もないところへ向けている。

 恰好は俺と買い物をした時と同じ。

 こいつは、ずっと俺を追いかけてきていたのだ。


「どこに行ってたんですか?」

「散歩。でも、近くにいたよ。ここなら……」


 足の底を砂利に擦り付ける。


「すぐに分かる」

「俺をダシにしたんですか!?」

「この人の目的は君じゃない。私には用がないでしょ。でも、不安だったからね。絶対に追ってきてただろうから、早くケリつけたかったんだ」

「だからって、……はぁ。まあ、いいか」


 俺は脱力して、その場に座り込んだ。

 まさか、手りゅう弾を渡された日の夜に、こいつがくるなんて。

 考えてなかったとは言わないが、不意打ちの連続で肝が冷える。


「言ったでしょ。一瞬だって」

「あっさり過ぎて、現実感がないっていうか」


 手を差し出され、俺は頼もしい手の平を掴む。

 そして、リュドミラさんは優しい笑顔を浮かべ、


「……ぇ」


 握った手は離れ、大きな体が真横に崩れる。


「けほっ。い、ったぁ」


 撃たれたはずのカリナは、生きていた。


「げほっ、……こほっ。ぺっ」


 血の混じった唾液を吐き出し、カリナが起き上がる。


 おもむろに上着を脱ぎだすと、カリナはカーディガンを地面に捨てて、シャツを乱暴に脱ぐ。

 顔をしかめて、次に脱いだのはだった。


 コルセットには銃弾が食い込んでいて、それを脱いだカリナの白い腹部は、真っ赤になっていた。


「出てきてやったんだよ。アバズレ。てめえの誘いに乗ってやったんだよ!」


 銃口をリュドミラさんに向けると、カリナは何度も発砲した。

 まず、股間を撃ち抜いた。

 これで息がない事が分かると、次に胸。そして、残りの銃弾は全て頭に当てて、弾が出なくなるまで引き金を引き続ける。


「シンたんを利用しやがって。この、ブスのアバズレがよぉ!」

「や、やめろ。やめろって」


 血まみれになった頭をブーツで踏みつけ始めた。

 返り血が飛び、カリナの腹や脚は赤く汚れていく。

 さっきまで優しく微笑んでいた人が、原型を留めないほどに潰れていく。


 人が人でなくなる瞬間を目の当たりにし、俺は自我が崩れそうだった。


 一瞬の駆け引きだった。

 時間にして、三分が経ったか、否か。

 本当に静かで、地味で、すぐに終わって。


 人って、こんな簡単に死ぬんだなって。


 現実感や実感なんて、あるわけがない。


「もう、やめてくれ!」


 耐えられなくなって、俺はカリナを後ろから押さえた。

 抱きしめるようにして押さえると、視界の奥にリュドミラさんだった物が映る。


 見ていられなくて、顔を背けてしまった。


 カリナは肩で息をして、振り向く。

 ナイフのように尖って、可憐さなど、微塵もない。


「口開けろ」


 俺が黙っていると、カリナが怒鳴った。


「早く開けろよ!」


 命令されるがまま、口を開ける。

 すると、胸倉を掴まれて、カリナは俺の口に噛みついてきた。

 逃がさないように、片手は耳を握り、もう片手は髪の毛を鷲掴み、舌を無理やり入れてくる。


 鼻息は荒く、貪るようなキスだった。


 口を離すと、唇同士が触れ合う距離で、魔女カリナは言った。


「地獄の果てまで追いかけてやる。から」

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