誰がこんなセカイにした?

買い物

「シンたん」


 馴れ馴れしく呼ばれ、振り向く。

 二階の廊下で待っていると、おめかしをしたカリナが部屋から出てきた。


 白いYシャツの上に、丈の長い赤色のカーディガンを羽織り、下は紺色のロングスカートと、露出が少ない格好だった。

 見た目は落ち着いた格好で、普段とは違う印象。


 その後ろからは、ポロシャツとジーンズを着たオデットが出てくる。


着るの、ちょっと手間取っちゃって」


 サーモンピンクのリップを塗った唇は、光沢を帯びている。


「……変?」


 小首を傾げて聞いてくる。


「変じゃないよ。早く行こう」


 女のオシャレなんて、どうだっていい。

 外に出られるなら、早く新鮮な空気を吸いたい。

 ただ、外に出るだけじゃない。

 人のいる場所に行って、今まで自分がいた場所に一瞬でも帰りたいだけだ。

 そこは日本村じゃないけど、学生時代に歩いていた道。


 それだけで十分だった。


 *


 デパートは人で賑わっていて、ボーっとしていると人にぶつかりそうになる。

 だけど、カリナが手を引いて、人との衝突を回避してくれる。


 俺は言葉が出なかった。


 あの屋敷の外には人がいた。

 皆が笑っていて、子供のうるさい声や学生たちのはしゃぐ声がそこら中にこだましていた。


「行こ」

「……うん」


 カリナに手を引かれ、歩く。

 俺と同じくらいの、でも学校は違う学生たちとすれ違う。

 携帯ゲームをやりながら歩いていて、マナーは悪かったが、それが懐かしかった。


 ちくしょう。

 俺も混ざりてえな。

 あいつらの隣なら、下品な会話だって、悪口だって、全て華になる。


 カリナの手は、俺にとって鎖だった。

 肉に食い込んで、無理に離そうとすれば痛みを伴う頑丈な鎖。


「……ん?」


 学生たちが通り過ぎた向こうに、が立っていた。

 長い髪でシャツとスラックスを着た、肉付きの良い人だ。

 デブってわけじゃない。

 そりゃ、胸やら尻は大きいけど、印象としては『ガッチリ』してるなぁ、って思った。


 頭一つ分小さい男たちと一緒で、何やら談笑していた。


 一瞬だけ、目が合った気がしたけど、人恋しい気持ちが溢れすぎて、勘違いしたんだろう。


「ねえ、見てみてっ」


 カリナの指した方を見ると、ぬいぐるみのキャンペーンがやっていた。

 食品コーナーで会計した時に、レシートの合計金額が千円につき、一回だけくじを回せるってやつだ。


「ちょうど買い物するつもりだったし。やっていこうか?」

「うんっ」


 腕を絡ませてきて、食品コーナーのある地下に下りる。

 エスカレーターに乗ると、目の前には女子高生が二人並んで立っていた。


 くそ。摩耶のこと思い出すな。


 女子高生ではないけど、歳の近い女って言ったら、摩耶しか浮かばない。

 しかも、少しだけ漂ってくる香水の匂いが、摩耶のやつと同じなんだ。


 爽やかな香りで、近くにいたって別に嫌じゃない匂い。


 ボーっとしていると、わき腹を抓られる。

 イラっとして顔を向けると、カリナが前を向いたまま、頬を膨らませていた。


「……ジロジロ見過ぎ」

「別にいいだろ」

「嫌だ」

「お前こそいいのかよ」

「何が?」


 アジア系の男とくっついているのは、それだけ妙な景色なんだ。

 周りにとって、俺が日本人かどうかなんて分かりはしないだろう。

 このさえなかったらな。


「奴隷にくっつく奴なんて珍しいんじゃないか?」

「いいじゃん。人目気になるの?」

「別に。お前らにとっちゃ、普通の事だろ。奴隷がいる景色なんて」


 嫌味を言ってやると、カリナはにこっと笑って、さらに密着してきた。


「おい」

「私たちには、私たちの世界があるの」


 ……勝手にしろよ。

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