最終話 先輩であり幼馴染であり

 それからというもの、姫野鈴羽の日常は。

 肉親の事故により暗雲垂れこめていた心は。


 上月至という少年が再び現れたことにより一変していた。


「鈴羽は上月先輩と、どうなりたいとかあるの?」


 初音がにやついた顔で、悪戯っぽく訊いてくる。雨の季節が明けてせみが鳴き出した七月中旬、期末テストを終えて夏休みを待つばかりとなった生徒たちは、いつもより三割増しで浮かれている。


「どうなりたいって、それは……」


 毎日図書室で隣り合って宿題を片付け、家に帰ればメッセージや通話で頻繁にやり取りをする。内容は他愛もないものばかりだ。

 周囲からはちょっと仲が良くて、世話好きな先輩と後輩というように見られているらしい。

 鈴羽にとって至という人は。


「そりゃあ、至先輩は大事な大事な人だから、もっと仲良くなりたいとは思うけれど」

「ふーん」


 鈴羽の答えに、初音が面白いものを見つけたかのようににっこり笑った。そのリアクションに鈴羽は首をかしげる。


「今日もこれから一緒に宿題するんでしょ? 早く行ってあげなさいな」


 女友達からほらほらほらと急かされて、鈴羽は図書室へ向かう階段をうさぎみたいに飛び跳ねて下りていく。

 薄っすらと冷房がかかった図書室。夏休み用の本の貸し出し期間とあって、いつもに比べて司書の先生がよく手を動かしている。貸出カウンターのそばに、見慣れた姿があった。


「至先輩」

「鈴羽ちゃん」


 立ったまま読んでいた文庫本から顔を上げて、至が微笑む。


「お父さん、退院おめでとう」

「ありがとうございます」


 鈴羽の父が家に戻ってきたことで、鈴羽の心の乱れは急速に落ち着いていった。

 ここまで来るのに、至には随分世話になっている。


 ――そういえば。


 だが今後は、至なしでも鈴羽は宿題ができる。

 忘れ物も、今となってはほとんどない。


 ――だけど。


『鈴羽は上月先輩と、どうなりたいとかあるの?』


 脳裏をよぎる友人の問いに、はっきり具体的な答えは出せない。


「あー、鈴羽ちゃん」

「なんでしょう?」


「……僕とすると、これからも一緒に宿題できたらいいなって、思うんだけど」


 けれど。らしくもなく頬をきながら俯く先輩であり幼馴染であり、それ以前に大事な人と。もっと仲良くしたい、と思う。

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先輩であり幼馴染! 七草かなえ @nanakusakanae

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