先輩であり幼馴染!
七草かなえ
第1話 鈴羽の忘れ物
梅雨時ということで、教室の窓の外では雨がざあざあ派手に音を立てて降っている。今日は全国的に雨量が多いらしく、一部地域では河川の増水や土砂崩れに注意と、朝のお天気キャスターが深刻そうにで語っていた。
だけど。私立
やれ雨で部活ができないだの、やれ今日の給食のデザートが美味しかっただの、かしましくも楽しげな声が多い中で。
「あの……
ショートヘアの女子生徒・
「こんなに酷い雨なのに、傘持ってくるの忘れちゃったの?」
どうやら友人が傘を忘れてきてしまったようだ。
「あはは……だめだね、私って」
「いや、だめではないけどさ……。忘れ物なんてあたしでもしょっちゅうするし」
その傘を忘れたご本人である
鈴羽と初音はこの一年二組に所属する友人同士である。
「でも鈴羽、最近毎日一度は何か忘れ物してくるじゃん。友達のあたしとすると何かあったのかって心配に思うよ」
初音の言うことは真実だった。美術の時間に水彩絵の具を、体育の時間に体育着を、数学の時間には三角定規と分度器を。宿題のやり忘れも少なくはない。
いつもそれ忘れちゃだめでしょという物を忘れるようになって、気まずさから鈴羽は無意識に教室で息を潜めるようになっていた。
何かあったの。
友人からそうも言われて鈴羽は苦笑いで応じた。鈴羽にも一応それなりの事情はある。
鈴羽とて忘れたくて忘れ物をしているわけではない。ある出来事から心に凄まじいショックが起き、それが原因で一時的に色んなことが心から抜けてしまっているだけだ。
「大丈夫だよ、初音ちゃん」
「いや、全然大丈夫じゃないでしょ。ってかいつの間にかあたしのほうが深刻になってるし」
「だから大丈夫だってー」
からからと笑いながら、鈴羽は友を心配させないために明るく振る舞う。
振る舞っていた。演じていた。
「姫野さん、いるかい?」
ある意味どこか鬱屈した空気を吹き飛ばすような、夏風のように爽やかな少年の声が二人の間に割り込んできた。
いつ来たのか、一人の男子生徒が鈴羽の隣に立っていた。上履きの学年カラーからして二年生だろう。薄茶色の髪、色白の肌。色素が薄く線が細い少年だ。
「
鈴羽の作り笑いが引っ込んだ。男子上級生が幼馴染でもある親しい人物だったからだ。その彼の名は、
二年生が一年生の教室に平然と入り込んでいるためか、周囲のお喋りがちょっとだけ静かになった。至が人目を引く容姿であることも影響しているのだろう。それには構わず、至は夏風の声で用件を告げる。
「姫野さん。図書室で本を借りているよね?」
「はい……」
確かに借りた。気分転換でちょっとページが分厚いファンタジー小説を借りたのだ。表紙にはどどんと、実在しない架空の世界の民族衣装を着た女の子が描かれていた。
「一週間くらい前に、返却期限切れてるんだけど」
「ええ?」
「このままだと督促状出すことになっちゃうんだよね。その前に返してくれれば」
「えーと、今日はその本、持ってきてなくて……」
またしても忘れてしまったことで、鈴羽はあははと乾いた笑みを漏らす。至はそんな鈴羽を、ガラス玉みたく透き通るような瞳でじっと見つめたあとで。
「わかった。近いうちに必ず返すって、司書さんには話しておくから。督促状の発行は一旦止めてもらう。……それと」
至が鈴羽をじっと見つめて、顔をゆっくりと近づけて。
「…………せんぱい?」
親しい友人同士でもこんなに近づかないだろう、というところまで。鈴羽と至の顔が近づく。視線が絡む、顔が熱くなる。周囲の喧噪が遠くなる。あわわわわと、なぜだか初音が手で口を押さえて赤くなっている。
考えてみれば、図書委員は一年二組にもいる。上級生の至がこうしてわざわざ出向いてくる理由がいまいちわからなかった。
至近距離で、真っ直ぐに鈴羽の瞳を見据えて。至は告げた。
「今日の放課後、図書室にきてもらえないかな?」
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