一夫多妻も認められた社会で囲われたぼく
ルピナス・ルーナーガイスト
1:美少女たちに囲われたぼく
数人の少女たちをつれたイケメンボンボンが歩いてゆく。
――よくやるよ。
とそれを見ていた工藤御幸は思うのだ。
此処は一夫多妻も認められた社会。つまりは一夫多妻だけではなく多夫一妻、多夫多妻などの自由婚が認められた社会である。
少子化対策としてもう何年も前に政府が打ち出した方策だ。
はじめは批判の方が多かったが、結果を出すにつれて世論はくるりと手の平を返した。今では自由婚は自由に認められていた。
しかし問題がないわけではなかった。
一人が複数を持つことが認められれば、言い方は悪いが余る者が出て来るのである。ただし、自由婚とは言え、それぞれ条件が課されてはいたのだが。――それにしても。
だからこそ彼のような者を見ると焦燥感を抱いてしまう。
尤も、あの少女たちの中にも外にも、御幸の意中の人物がいるワケでもないのだが。
――まあ、まずは好きな人を作るところからだよね。
だけど、
――もしも告白なんてされちゃったら、その人のことを好きになっちゃいそうだけど。
ま、自分にはあり得ない。
そう思って御幸は視線を切った。
――そう思っていた筈であったのに。
人生とはまこと奇なるものであったのである。
◇
「工藤くん、あなた、私たちに囲われなさい」
「――――えっ?」
夏休み明けの九月の半ば、「工藤くん、話があるので昼休みに屋上に来てください」と、下駄箱に入っていた手紙にドキをムネムネさせつつ屋上に向かえば、工藤御幸は待ち構えていた女子たちによって取り囲まれた。
すわ虐めか――しかも取り囲んでいる女子たちはトップカーストと呼ばれる人種の女子たちだ、生まれ変わったってその身分に生まれられる気がしない――、ラブレターの返答としては遺書を書いてくることが正解だったのか、と身を竦ませていたところに、彼女、呉林飛鳥の一声が掛けられた。
内容とギャップで御幸が理解出来なかったのも無理はないのである。そしてゆっくりと咀嚼して呑み込んでも――なんなら反芻してみたところで――分からなかった。
唯一分かったのは、彼女が上から目線ということか。
呉林飛鳥。
腰まで届く鴉の濡れ羽色の長髪であり、日の光を浴びて艶々と輝くどころか日の光を吸ってしっとりと濡れている。丁寧に彫り込まれた彫像の如き美貌であって、あまりにも整いすぎた顔立ちには気後れすらしてしまう。体型は高校一年生として平均的ではあるのだが、むしろ均整の取れたプロポーションには一厘の隙すら存在しない。
その彼女は呉林財閥のご令嬢であって、すでに自身でも事業を手がけているという英才らしい。御幸のような取り柄のないことが取り柄と言っても良いほどのモブに声を掛けることなどあり得ない。それが呼び出したどころかこうして複数の女子で囲うなど。
彼女が御幸を消そうと思ったのならば、このような周りくどい真似をせずとも電話一本ペン一本で事足りよう。
『この子、消して』『御意』
キュキュッと名簿の彼の名前に横線を引いて終わり。それが――、
「聞こえなかったのかしら? あなたに許された返答はイエスかウィ、よ」
「う、うぃ?」
「了承してくれて嬉しいわ、これからよろしくね」
「いやっ、ちょおっ!?」
「ウィ」とはフランス語で「はい」である。それを訊ねれば了承と受け止められる。流石はすでに社会に出ている才媛だ。
――汚い。
褒め言葉ですが如何?
「ああっ、美幸くん、可愛い~。ごめんね~、飛鳥ちゃんが~、お姉ちゃんのお胸で慰めてあげる~、よしよーし」
「ふぐぅモガァっ!」
「コラーっ! 何をしておるか貴様ーっ!」
突然圧倒的な柔らかさとボリュームに包まれたと思えば、別の少女が声を張り上げた。
不埒警察こと泣く子も黙る風紀委員長の鬼哭院愁に、この子は私のものだと鬼子母神バリに御幸を抱き締めるのが何を隠そう生徒会長の逢坂まひるである。
説明するまでもなくまひるは御幸を仕舞えてしまうほどのたわわであって――デカァアアイッ! 説明不要ッ! ふわりとウェーブかがったサフラン色の髪に柔和な顔立ち。お姉ちゃんと呼ぶに相応しい美少女だ。校内では彼女をお姉ちゃんと呼ぶかお姉様と呼ぶかで二分される派閥が出来るほど。そして糸目であった。
彼女は御幸を慰めこそすれ、決して先ほどの了承をなかったことにはしてくれない。
まるで役得とばかりに御幸の顔面に柔らかさの暴力を浴びせかける彼女だったが、彼女から引き剥がそうとして御幸の後頭部で潰れている愁の膨らみだって決して負けてはいないのだ。
鬼の風紀委員長こと鬼哭院愁。
艶やかな黒髪をまるで武士のように後ろ頭で束ねて腰まで流している。険のある顔付きではあるのだが、凜とした美人だ。目つきは鋭くツリ目がち。風紀委員でありながらも公序良俗を乱してなんぼと言わんばかりの胸部装甲を誇って、それを故意か偶然か、まひるのおっぱいに仕舞われそうになっている御幸を引き剥がすため、むしろ自分のモノに彼の後ろ頭を仕舞おうとしてしまっている。
「う、わぁ……凄い、おっぱいサンドだぁ……」
目の前で公然と行われている生徒会長と風紀委員長の不純異性交遊に、可愛らしい顔立ちの女子生徒が困惑していた。
逆木千尋。
茶髪のボブカットでくりくりとした瞳が小動物系。
先の三名と比べればキャラ違いも甚だしい。
ちなみに彼女のおっぱいはそれなりである。
「普通におっぱいサンドって言ってしまうとか、流石は千尋、むっつり」
「違うよっ!?」
半眼で千尋を見るのは、まだ中学生どころか小○生でも通じてしまいそうな見た目の御剣有紗だった。半眼なのは元からであって、つるぺったんな体型で制服を身に纏っていれば、そこはかとない犯罪臭を感じると言う人は一度自身の胸に手を当てた後で然るべきところに出頭していただきたい。
そして、いまだに巨峰組二人にサンドされている御幸であったが、彼女たち五人が彼を呼び出して囲んだ少女たちであって、そして、
――まだ彼女たちの真意を彼が理解する暇はないのである。
「そろそろ良いかしら?」
飛鳥の飛ぶ鳥を落とすような声音に、御幸におっぱいを押し付け合っていた生徒会長と鬼の風紀委員がピタリと止まった。
「ぷはぁっ! ぜはぁっ! ぜはぁっ!」
まだ物語がはじまる前から窒息死させられそうだった工藤御幸。
特徴のないことが特徴であるモブ。
と自分で思っている彼ではあったが、高校一年生にしてまだまだ可愛らしいと言える顔立ちで華奢な手足。出すところに出せば世のお姉さん方の琴線をジャカジャカロックに描き鳴らしたに違いない。
その彼がようやく息を整えたところで、
「工藤くん、了承してくれてありがとう。これからよろしく」
と飛鳥は言うのである。
「え、え?」
「ちなみにだけれど私にあなたへの恋愛感情はないわ。あなたが都合の良い男のようだったから私は彼女たちに便乗しただけよ」
「本当はそんな子をメンバーに入れたくはないのだけれど~、ま、時間の問題だと思うから~」
「私はお前を護るためだ!」
「と、一番の危険人物が仰っておられます」
「だ、駄目だよ有紗ちゃんぅ……」
わちゃわちゃと、女五人集まれば七割増しほどで姦しい。
「えっ、だから、どういうことなの……?」
しかし、御幸はまだ自分の置かれた状況を理解していないのであった。
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