思ひで屋へようこそ

猫原獅乃

第1話 天野依和 13歳

…家族が欲しい。家が欲しい…

家族が皆死んで、みなしごになった。

私は天野依和あまのいより。13歳の中学1年生。

今は児童保護センターという施設で暮らしている。

友達もいないし、一人で安心できる空間がない。

生活環境も良くないし、苛められている子を見るのも辛い。

もう嫌だと、なんとか児童保護センターを抜け出したものの。

もっと嫌な生活になってしまった。

いや、これは人の生活ではない。

ものは食べられず、服はボロボロ。寝る場所も座る場所も無いから、寝られない。

トイレは公衆便所が時々あっても、汚いし臭い。それでも我慢して用を足す。

「?」

一風変わった建物がある。

昔の看板や信号がたくさん壁に取り付けられていて、怪しい雰囲気だ。

しかも、周りの人からはどう考えても見えていない。

私より少し年上であろう女の子が、ドアを開けて招き入れてきた。

「入っていいの?」

「あぁ。」

まるで田舎町の男の子みたいな喋り方だ。

「お邪魔します…。わあ!」

「ふふ。すごいだろ?」

「こんな場所、初めて見た!」

中はまるで老舗の喫茶店か、古い時代のドラマのセットの様だ。

年季の入った木の机と椅子はカラメル色に輝いていて、

3つある机すべての花瓶に花が活けてある。花瓶もガラス製の重たそうな古物だ。

写真や絵で見たことがあるだけの古いダイヤル式電話の箱版みたいなものもある。

「ここに座んな。」

女の子は黒髪のボブで、色白だ。白いシャツに赤い吊りスカートを着ている。

真ん中の机の右側の椅子を指さした。自分は左側に座る。

座ってみると、とても心地よい気分に包まれた。こんなにいい気分になったのは、

何年ぶりだろうか。

「あたしは瑠朱鷺るとき。あんたは?」

「わたしは依和。」

「依和。良い名前だな。にしても、お客が来ないうちに世の中も変わったようだな。髪型も、服装も。それは何て名前だ?」

どうやら瑠朱鷺はポニーテールも、パーカーも、ジーンズも知らないらしい。

「この髪型はポニーテール。この服はパーカーと、ジーンズ。」

「へえ。そのパーカーとやら、綺麗な薄桃色だな。」

「ありがとう。いまの世代だと、薄桃じゃなくってピンク色っていうことが多いかな。」

「本当にいろいろ変わったんだな。その板は?」

ポニーテールを知らないとかだったら分からなくも無いけど、スマホを知らないだなんて信じられない。

「え?これはスマホだよ。スマートフォン。」

「すまーとふぉん…。変な響きだな。」

本気で知らないっぽい。

「本題に入るが、ここは「思ひで屋」だ。

思い出を歴代の店主…ちなみにあたしは12代目だ。が集めていて、来た客にそれを渡す。お代は無し。だったこっちが、集めるときにも渡すときにも楽しんでいるからな。んで、お前の思い出はっと…。」

そう言うと、店の奥から小箱を取り出した。

「この写真だな。」

「あ、そ、それ…」

「んーと、お前が9歳の時にもらったカメラで撮った、遊園地に行った時の写真。

このころは家族全員生きているんだな。」

「うん。うん…」

「辛いか?」

「うん…」

小さい子供のように泣いてしまった。でも…

「楽しかったころを思い出せた。家族のことを思い出せた。」

「そうか。…お前、住むところないのか?」

「う、うん。詳しく言うと児童保護センターにいるけど…なんで分かったの?」

「それは秘密だな。…お前、この店の店主14代目にならないか?」

「え!うん、うん!なりたい」

「そうか。じゃあ衣装と店主名貰ってくるな」

そういうと、店の奥に消えていった。

「衣装なんてあるんだ…って、店主名を貰うってどういうこと⁉」

「お、元気になってきたじゃねえか。衣装はこれ。後で奥の部屋で着て来い。

そんでお前の店主名は登紀樺ときか。人前ではこの名前を名乗りな。」

「分かった。」

「それじゃあ。」

「え?え?どこ行くの⁉」

「あたしは思ひで屋の隠居街に行くのさ。役目終えたら死ぬまでそこに行くんだ。」

「分かった。それじゃあ、また私が隠居街にくるまで、またね。」

「ああ、またな。」

「うん。」

瑠朱鷺は扉から外に出ていった。

「っと、あそこか。着替えよう」

レトロなビーズのカーテンをくぐり、すぐにあった部屋で着替えた。

服はなぜかセーラー服だった。

コンコン。

「あ、入って良いですよ。」

キー。

初めてのお客さんは、どんな人だろうか。

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