第14話 自宅

「ただいま」

「おかえりなさいませ。旦那様、奥様、ミスティア様、リリア様。お疲れではありませんか?」

 メイドが帰ってきたミスティア達を迎えた。

「もう、くたくた。でも、楽しかったわ! ね、お姉さま」

 リリアは頬を上気させて、明るい声でミスティアに話しかけた。


「私は……もう行かないと思います」

「まあ、アビス様の意地悪を真に受けたのですか? お姉さま、あんな人の言うことなんか聞かなくていいのですよ?」

「……アビス様のおっしゃった通り、私は不釣り合いでした……」

 うつむくミスティアに、両親が声をかけた。


「舞踏会で何かあったのかい? ミスティア?」

 父親は心配そうにミスティアの表情を伺っている。

「お母様に話してごらんなさい?」

「大丈夫、なんでもありません」

 ミスティアは両親にそう答えると、メイドに声をかけた。


「ちょっと疲れてしまいました。……何か冷たい飲み物をいただけますか?」

 ミスティアの言葉を聞いて、メイドは言った。

「少々おまちください。冷たいレモネードをお部屋にお運びすればよろしいでしょうか?」

「ええ、そうしてください」


「かしこまりました」

 ミスティアは両親に頭を下げ、自分の部屋に戻った。

「……お姉さま……」

 リリアはミスティアの後を追って、彼女の部屋に向かった。

 ミスティアの部屋のドアはすでにしまっている。

 リリアはドアをノックして、ミスティアに話しかけた。


「お姉さま、すこしお話しできますか?」

「……ええ。ドアを開けて入ってください」

 リリアがミスティアの部屋に入ると、ミスティアはベッドに腰かけていた。

「今日は、お疲れ様でした。お姉さま」

「ええ。疲れました」


 リリアはミスティアの隣に座り、また話しかけた。

「公爵のブライアン様が、自宅で今度行う室内音楽会に、お姉さまと私を招待したいと言っていたわ。私は、お声をかけてくださるなら、とても嬉しいと答えたの」

「私は……遠慮したいわ。まだ、一度言葉を交わしただけの方と……何を話せばよいかも分からないし」


「でも、お姉さまは音楽が好きでしょう? それにブライアン様は悪い方では無いわ」

 リリアが熱っぽく語るので、ミスティアは少し笑って言った。

「リリア、あなたブライアン公爵に一目ぼれでもしたのですか?」

 リリアはミスティアの言葉を聞いて、顔を真っ赤にした。

「まあ! そんな事……ありません!」


 ドアをノックする音が聞こえた。

「ミスティア様、飲み物をお持ちしました」

「はい、お入りください」

 メイドはミスティアの部屋の机の上に、冷えたレモネードを二つ置いた。

「リリア様がミスティア様を追いかける姿が見えたので……」

「ありがとう、いただきます」

 リリアは机におかれた二つのレモネードを取り、片方をミスティアに渡した。


「……おいしい。やっぱり……疲れていたのね。酸味と甘みが体に染みるよう……」

 ミスティアは受け取ったレモネードを半分まで飲むと、大きく息をついた。

「お姉さま、ブライアン様から招待状が届いたら、是非行きましょうね!」

「そんなもの、来るわけがないわ……」

 ミスティアは飲み終えたグラスを机の上に置き、またベッドに腰かけた。

 リリアも空になったグラスを机の上に置いた。


「お姉さま、おやすみなさい」

「おやすみなさい、リリア」

 リリアはミスティアの部屋を出ると、メイドにグラスを片付けるよう頼んだ。


「ミスティア様、入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 メイドは部屋に入ると空になったグラスを片付けた。

「それでは失礼いたします」

「ありがとう」


 一人になった部屋の中で、ミスティアは舞踏会のことを思い出していた。

「アレス王子は……華やかな場所がお似合いだったわ。……私とは正反対だった……」

 ミスティアの頭に、人形を渡したときのアレス王子の嬉しそうな顔がふと浮かんだ。

「人形を受け入れてくださって……嬉しかった……」

 ミスティアは目をつむり、リリアの言葉を思い返した。

「……ブライアン公爵……アレス王子とは仲が良いのかしら?……リリアは……ブライアン公爵のことが……」

 そこで、ミスティアの記憶は途切れた。


 月明かりがカーテンの隙間から静かな部屋を照らしている。

 部屋の中では、ミスティアの遠慮がちな寝息だけが聞こえていた。

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