初詣:寂れた神社に参拝に来たツンデレデレJKと巫女の格好をした謎のダウナーお姉さん
神頼みをするなら、参拝客の少ない神社が良いんじゃないかと思った。人がいっぱい来るような有名なところは、神様も忙しくて小娘ひとりなんかにかまってられない気がするから。
天啓のように、歩いていける距離にある寂れた神社の存在を思い出して、あたしは元日、日も昇らない早朝のうちに家を出た。普段過保護気味な家族もこういう時くらいは見逃してくれて、“お賽銭代”という名目で貰った1000円札を使える屋台は果たしてあるのかなんて考えながら、暗く冷たい街道を歩く。
さすが元日なだけはあって、この時間でも道行く人影は多い。みんなこのすぐ先にある、有名で大きな神社に向かっているんだろう。その人の波に乗ってしばらく進み、ある地点、誰も彼もが真っ直ぐ行く大通りから脇道に入った段階で、人気が目に見えて減った。たまに見かけるのも向こうから来てすれ違う人たち、つまり大通りの先の神社を目指している人たちばかり。そのまま何本か路地を曲がった頃にはもう、人の気配はぱったり失せていて、けれどもそんな静謐な雰囲気こそ、まさしく夜明け前の街中にふさわしくも思える。
誰もが同じ場所へ集っている時に誰もいない場所を目指すというのは、何故だか少し良い気分がして。しかしそんな優越感は、辿り着いた神社のあまりの寂れ具合に一瞬で消え失せた。
住宅街は緑化通りの只中にひっそりと佇んでいる、控えめな鳥居。その前には、せいぜい三段程度でまるで威厳の感じられない石階段。短い参道の奥には道路からでも見える小さなお社があって、それ以外には木々の他に何もない。狛犬や、何と言ったか……あの、手を洗う場所、あれすらもない。暗い。そして当然の如く誰もいない。ここ、参拝客受け入れているのだろうか。立入禁止とかでもおかしくない有り様なのだけれども。
「──おーやおやおや」
そんなあたしの懸念を払拭するかのように、声が聞こえてきた。一体どこの物陰に潜んでいたのか、灯りもないのに暗闇に映える朱と白。全く疑う余地の無い巫女さんが、鳥居の向こうからこちらを見下ろしていた。
「うちに参拝客とはめずらしー。みんなあっちの、おっきい方に行ってるもんかと」
明後日の方向を顎でしゃくりながら、その人影は笑っている。ほっそりと縦に長く、そして薄い女性。体の凹凸や厚みという意味でもそうだし、肌の色という意味でも、浮かべている笑みという意味でもそうだ。とにかく希薄な印象を受ける。だというのに、確かにそこにいる事が如実に感じられる不可思議な雰囲気。長く、恐らくうなじで結んでいるのだろう黒髪が、夜闇に溶けて広がっていた。
「……人が少ない方が、神様もお願いを聞いてくれるかと思って」
少ないどころか自分以外参拝客がいないとは思わなかったけれども。
「なーるほど。確かにそうかも」
失礼とも取れるあたしの物言いにも、彼女はからころ笑っている。
「いーよ。暇だし案内したげる」
ゆったりと、けれども踊るように身を翻して、お姉さんは境内の奥へと歩を進めた。別に案内を頼んだ覚えはないけれど、なんとなくその朱と白と黒に惹かれて、鳥居をくぐる。少し歩を早めればすぐにもその背中に追いついて、そのまま揺れる毛先のすぐ後ろを行く。
「お姉さんは、ここの巫女さん……なんですよね?」
「んーにゃ」
違うのか。神社にいて巫女服を来てるのに?
「これはただのコスプレ〜」
「えぇ……じゃあお姉さんは誰なんですか……不審者?」
「ノーノー。わたしはいわば、ここの…………なんだろ。地権者??」
首を傾げられても困る。バイトの巫女さんとかでは無いらしい。随分と曖昧な自己紹介だが、纏っている気怠げな雰囲気からか、この人の言葉を強く疑おうという気にはなれなかった。少なくともれっきとした神社の関係者ではあるようで、石畳の真ん中を行く彼女の背中に、後ろめたさのようなものは感じられない。
短い参道はそれ以上の会話もできないうちに終わり、あっという間にお社の前へ。すぐ目の前の戸は開け放たれているが、夜闇もあってその奥の本殿?の様子は窺えない。それもそうか。神社って本殿は見えないもの、だった気がするし。それよりも手前にある賽銭箱の方が、目下重要な存在だとも言える。
賽銭箱前の三段階段、その手前でお姉さんは足を止めた。半身だけでこちらを向いて、あごでくいっとお社を指す。とんでもなく不敬な態度にしか見えないけれど、本人はまるで悪びれる様子がない。あたしも別にあれこれと口を出すような立場でもないので、促される通りに階段を登った。
「さーさー、普段は神様なんて気にもかけないのに年明けと見るや途端に神頼みに訪れる迷える子羊よ、好きに祈り給え〜」
嫌味な物言いだ。一周回って怒る気にもならない。
と同時に、お姉さんの“好きに”という言葉であたしはようやく、はて参拝の手順はどうだったかと思い始める。確かに彼女の言う通り普段は神社になんか来ないし、何なら年明けの初詣だってもう何年ぶりかという有り様だ。二礼二拍手……一礼?だったか、眉根を寄せて思い出そうとして。後ろで、からころとお姉さんが笑うのが聞こえた。
「いーのいーの作法なんて。礼儀正しくても嫌われるやつは嫌われるし、ぶっきらぼうでも好かれるやつは好かれるもんだから。こじれた好かれ方しがちだけど」
仮にも巫女さんの格好をした人が言う事だろうか……という気持ちは当然あったけれども。それ以上に、“この人が言うならまあいいか”という不思議な感覚が胸にすっと入り込んで、あたしは倣うようにふっと笑ってしまった。
「じゃあ、せめて……」
財布から、お賽銭代こと1000円札を取り出して、賽銭箱のすき間に差し込む。屋台で焼きそばを買うよりはご利益があるだろう。わーお、とわざとらしく驚くお姉さんを背に礼をして手を合わせ、目を瞑って短く簡潔に神頼み。終えてもう一度礼をし、その場で後ろを振り向けば、お姉さんは変わらずそこにいて、そして巫女らしからぬいたずらな笑みを浮かべていた。
「なにお願いしたの?」
「……今年、大学受験なので」
「学業祈願か〜」
わたし勉強は苦手なんだよなぁ……と小さくこぼし、次の瞬間にはまたからころと。
「まーまーとりあえずさぁ。せっかく来てくれたんだし、甘酒くらいは出しますよ?」
くいっと傾けるそのジェスチャーは、どう見ても熱燗とかのそれだけれども。まあ、折角久しぶりに正月らしいことをしたんだから、もう少し正月らしさを味わっても良いような気もする……か?いやいや、しかし。
「でも、良いんですか、他に参拝客とか……」
「来ると思う?」
「…………」
「そーいうこと。んじゃ行きましょー。おこたもあるぞよー」
何も言えなくなったあたしがついてくると信じて疑わない足取りで、お姉さんはお社の後ろへ回る。社務所かどこかへ案内されるのだろうか。甘酒一つでわざわざそんな……という気持ちは、遠のいていくその背中よりもずっと早く小さくなって。気付けばあたしの足は、小走りで彼女を追いかけていた。
◆ ◆ ◆
「──はーいまたわたしの勝ち〜」
「ぐ、ぬぬ……っ!」
すごろくに勤しんでいた。二人で。
畳に座して炬燵で温もる中、勢いに押し切られるようにして始まったちょっとしたお遊び。しかし何度やってもお姉さんに勝てなくて、それがどうにも悔しくて、いつのまにやらあたしの方から再戦をねだる事、今で一体何戦目だっただろうか。ちらりと見やる窓の外はまだ暗く、日も昇っていない。まだいける。負けたままでは終われない。しかし、この紙とサイコロを用いた古式ゆかしいボードゲームでは全く勝てる気もしない。なればこそ。
「──Swi○chあるんですよね。マ○オパーティで白黒つけましょう」
何杯目かも忘れてしまった甘酒をあおり、死ぬほど余ってるから好きに食べてと言われたみかんの皮を剥きながら、炬燵から出ることもないままに、あたしは部屋の隅にあったテレビを目で指す。BGM代わりにと流れていたニュースの内容なんてまるで耳に入っておらず、ただこのお姉さんの小憎たらしいドヤ顔をどう歪めてやろうかと、それだけで頭がいっぱいになっていた。
「ほーほー勝てないと見て現代戦ですかぁ。しかしどんなゲームであろうとも、このわたしに負けの目はなぁいっ」
お姉さんの方もノリノリでテレビの方へと向かっていく。躊躇なく炬燵から出られるその精神力。明らかに日常的に遊んでいる事が分かるセッティング済みのSwit○h。横にP○5もある。より厳しい戦いを仕掛けてしまったかもしれないと心の何処かで理解しつつ、けれども闘争心に火が点いた今のあたしには、自分自身を止める事なんてできるはずもなかった。
「……絶対勝つ」
受験勉強まみれで、周りはみんな優しくて、だからこそ余計に息苦しかった。神頼みしたくなってしまうくらい参っていたんだから、今日くらい、夜が明けるまでのあいだくらい、思いっきり遊んだって良いだろう。お姉さんのからころという笑みがそれを許してくれるようで、段々と心が軽くなっていくのを感じながら、あたしはその朱と白と黒を目で追った。
「マリパマリパ〜っと」
コントローラーを二つ手に取ったお姉さんが、そのままテレビの出力をS○itch側に切り替える。
〈──さんの行方は未だ不明で、家族の“初詣に行ったきり帰ってこない”という証言と目撃情報の食い違いから、警察は本人の意思による失踪の可能性も視野に入れ──〉
ニュースキャスターの声が途切れ、すぐにもゲームの起動画面に。
ちらりと見やる窓の外はまだ暗い。お姉さんと、遊んでいられる。
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あけましておめでとうございます。毎度更新が遅く申し訳ありませんが、今年もぜひぜひメイとマリをよろしくお願いいたします。
今年は月イチくらいで近況ノートを書くのを目標にしておりまして、そちらでダウデレさんの進捗等もお伝えできればなぁと考えております。できれば作品の更新自体も月イチペースくらいにしたいのですが……ひとまずは未定ということで……
一応、年末に別作品枠でメイとマリのお話を書いていたりもしましたので、もしよろしければそちらもどうぞ↓
「ダウナー紙オタク女子大生、カードゲームで全てが決まる異世界に召喚されいきなりバトる羽目になるもツンデレデレ切り札のお陰でなんとかなる」
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