怪異:当たり付き自販機で777を出したツンデレデレ女子大生の前に現れる黒セーラーのダウナー少女
うちの近くにある古い自動販売機。
当たり付きの、買った時に表示される数字が777ならもう一本……ってやつ。誰も当たりを見たことがないって噂の。いやまあ、自販機で当たったなんていちいち近所に吹聴して回るようなことでもないから、そんな風に言われてるだけな気もするけど。でも「いや私は当たったことあるけど」みたいな声が一度も上がったことがないのも事実で。
まあどうせ、当たりの確率がとてつもなく低く設定されてるとか、そんなオチだと思う。
で、なんでそんな自販機のことをつらつら考えてるかって言うと、今まさに買いに行くところだから。
「あっつぅ……」
冷房の効いた家からで出ると、夏の夜のムワッとした暑さが体に纏わりついてくる。短パンにタンクトップなんていうラフ過ぎる格好ですら、すぐに背中に汗が浮かんでくるくらい。
時刻は現在午前2時12分。大学の課題を終えて、ふと気が付けばこんな時間だった。明日は何も講義が入ってないし、もう少し夜更かししてやろうと冷蔵庫を覗いたら、あたし好みの飲み物が切れていて。ズボラな過去の自分を恨めしく思いながら、小銭だけポケットに入れて出てきた次第。
実家暮らしっていうのは良いもので、特に意識しなくても、大体いつでも何かしらの食べ物が家にある。夕飯の唐揚げの残り、こんな時間に食べるのは罪の味がして最高だろうし、揚げ物と言えばやっぱり炭酸飲料だ。
「…………」
家の前の細道をほんの一分足らず歩けば、件の古ぼけた自販機が見えてくる。これもまた良いことだ。ポケットに突っ込んだ右手の指先で、小銭をくるくると弄びながら薄ぼんやりと光る四角い箱へと近づいていく。この辺りは街灯も少なくて、自販機のぼやーっとした明かりがよく目立っていた。時折、大きな蛾とかが張り付いたりしててビビるけど。
幸い、今日は虫の類も寄ってないみたいで、それこそ夏場は多いんだけどな……なんて思いつつ正面に立ち、見慣れたラインナップを確認。目当てのレモンスカッシュに売り切れの表示はなし。
「……っとと」
取り出した小銭をうっかり落としかけたりなんかしつつ、銀色のそれを二枚投入。恐ろしいことに新五百円玉が使えないタイプの自販機だから、ここは旧知にして信頼の置ける百円玉たちの出番だ。
「…………」
点灯したレモンスカッシュのボタンを押し込めば、一瞬のラグの後にガコンという音。落ちてきたペットボトルを拾うあいだに抽選が始まっていて、テレレレレレ……みたいな効果音と共に7が二つ並ぶ。とはいってもまあここまではいつものことで、この後は7以外の数字が出てきて残念ハズレってのもいつものこと。
いちいち見届けるのも面倒で、そのまま来た道を戻ろうと──
「……んえぇぇっ?」
──テッテレー!みたいな音が聞こえたものだから、慌てて自販機へと振り返った。
「……あ、当たってる……」
見れば小さなパネルには、綺麗に並んだ777の数字が。ご丁寧にビカビカと点滅までしていて、これでもかと“当たり”を主張していた。
「え、やば。ちょ、写真とっとこ」
さっきの斜に構えた考えなんてすっかり頭から抜け落ちて、家族にでも見せてやろうとスマホを取り出す。カメラを起動して、フラッシュを炊くか、いや自販機の明かりだけで十分かなんて少し考え込んで、いやそもそも当たりの有効時間ってどれくらいなんだろう早く選ばないと時間切れとかになったりしないかなとか、自分でも思ったよりテンションが上がってるのを自覚した辺りで。
「──あーあ、当たっちゃったねぇ」
「っ!?」
あたしのものではない声に、体が凍りついた。
「だっ、は?」
後ろは振り向かない。左右をきょろきょろ眺めたりもしない。だって声は、間違いなく、前の方から聞こえてきたから。自販機の案内音声?いや違う、明らかにそんな質感じゃない生の声音だった。そもそもこの古自販機にそんな機能は付いてない。こんな少女の声なんか出せるわけがない。
だからこの声は。
「お姉さん、ツイてないねー」
気怠げな、それでいてこちらに心底同情するかのような声は、自販機の横影から。
「ひっ……!」
人なんて隠れられるはずもないスペースから、声の通りの少女が姿を表した。硬直するあたしのすぐ隣に。少女。自販機の光が照らすその姿は、間違いなく少女の形をしている。
「だ、誰っ……いつから……!」
「誰かって聞かれると、“めい”だよ。いつからかって聞かれると…………ずっと前から?」
一歩こちらへ踏み出してくるその底知れない雰囲気に、思わず後ずさりそうになって。だけども体は縫い付けられたみたいに、その場から一歩も動けない。
いや違う、魅入られているんだ。
何もかもが異常な、目の前の少女に。
「め、い……」
「うん、めいだよ」
十代も半ば頃だと窺えるのは、顔付きだとか声だとか以上に、その服装がセーラー服だったから。夏には合わない、真っ黒な長袖の制服。スカートの丈は長く、僅かに覗く足を覆うストッキングから古めかしいけど小綺麗なローファーまで同色の黒で、影や夜との境目が酷く曖昧に見える。
なんなら前髪がぱつんと切り揃えられたロングストレートの髪も、こちらを見やる気怠げな半目も、何もかもが闇のような黒色。だからこそ、対象的な青白い肌と、胸元に浮かぶ真っ赤なリボンがちかちかと目に残る。
夏に合わないどころか、こんな時間にこんなところにいるのがどう考えたっておかしい。
迷子だとか家出だとか、明らかにそんな雰囲気ではない。何か、常ならざる存在。そうとしか言いようがない。
「で、アンラッキーなお姉さんの名前は?」
あんまりにも真っ黒なものだから、自販機の光を浴びていてもなお、その動きを認識できなかった。腕は闇の中に溶けていて、ただ青白い左手だけが、宙を漂うようにして近づいてきて。身構える間もなく、頬に触れられた。
「ひっ」
冷たくも暖かくもない、どこか朧気な肌の感触。あたしより少し背の低い少女、めいが、服が擦れるほどの目の前に。背中にかいていた汗は、全て鳥肌に置き換わっていた。
「ね。教えてよ、名前」
何かいま。致命的な、何か、取り返しの付かない何かを握られようとしている。そんな怖気が全身を駆け回り、本能的な部分が警鐘を鳴らす。だと言うのに、めいに触れられたままの頬はひくひくと口を開きたがっている。
「ねえ、お姉さん。名前」
「ぅ、ぁ……」
硬直するあたしに憤るでもなく、淡々と、静かに、名を求めてくるめい。
その左手の親指がするすると動いて、あたしのくちびるをそっと撫でて。そうしたらまるで、チャックを開けられたかのように、上唇と下唇が離れていく。にちゅ、と、ほんの微かに唾液が鳴った。
「……ま、まり……」
「──ふぅん。そっかそっか。まりっていうんだね、お姉さん」
聞き出したわりに“お姉さん”という呼び方は変えず、だけども少し上機嫌になっためいが、ついと一歩身を引く。途端にあたしの体は動性を取り戻して、ふらりと傾いだ。
「っ……」
自販機に手を付いて、なんとか体重を支える。体の、いや、あたしの芯の部分が狂ってしまったかのように軸がぶれる。真っすぐ立っていられない。足元でゴトっと、何かが落ちる音がした。
「おっと……はい、お姉さん」
ころころ転がるそれ──レモンスカッシュのペットボトルをめいが拾って、こちらへ差し出してくる。それでようやく、今の今までこれを握りしめていたことを自覚した。
「あ、ありがと……」
呑気にお礼なんて言ってる場合じゃない。そんなことは分かっていて、でも、緩く微笑むめいに何も返さないという選択肢はもう、あたしの中に無かった。
「いえいえー。んじゃま、行こっか」
気を良くしたらしいめいが身を捻って、あたしの腕に触れる。ペットボトルを握った右手を絡め取って、横から抱き着くように。そのまま一歩二歩と踏み出して、あたしを自販機から引き剥がした。やっぱりその体は、制服越しでも曖昧な感触で。
「ぇ、ど、どこに」
「どこって、そりゃあ」
戸惑うあたしを横から見上げながら、気怠げな半目をより一層に細めて、めいが言う。
「──お姉さんの家。今日からよろしくね、アンラッキーなまりお姉さん?」
耳に入り込んでくるようなその言葉に、どうしようもなく何か、良くないものに魅入られたのだと
お釣りを取り忘れたことなんて、終ぞ思い出しもしなかった。
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