夜のコンビニ:ツンデレデレ店長とダウナーバイト大学生
「てんちょー、ひまっすー」
「そういうのは思ってても言うんじゃないわよ馬鹿」
怒られた。
罵倒付きで。
「あー、馬鹿って言ったー。暴言だーパワハラだー訴えてやるー」
「はいはいお好きにどうぞ」
揚げ足を取るようなわたしの煽りにも、店長は全然動じない。
でもまあ不思議なもので、店長に馬鹿って言われてもあんまり嫌じゃない。むしろちょっと嬉しい。別にマゾとかじゃないけど。でもなんか嬉しい。そういうのってあるよね。
でもでもそれはわたしだからであって、普通の人はそんなぽんぽん馬鹿って言われてたらショックで仕事辞めちゃうかもしれない。このコンビニはただでさえバイトの数が少ないんだから、辞められちゃあ困る。永遠にわたしと店長で回さないといけなくなっちゃうかもしれない。
……っていう話をしたら、「あんた以外には言わないわよ」って返ってきた。
言わないらしい。むへへ。
「…………」
「…………」
「……てんちょー」
「何」
「ひまっす」
「……はぁ」
今度は溜息をつかれた。
だぁって暇なものは暇なのだ。そろそろ日も変わりそうな時間帯、ド田舎って程ではないけど都会とは程遠い、いっちばん何とも言えない立地。さしもの二十四時間営業コンビニエンスストアとはいえ、お客さんなんてほとんど来やしない。
なまじっか店長がテキパキ動いてくれる分、業務もほとんど終わっちゃってる。わたしもまぁ、要領悪い方じゃないし。ってなると後は、適当に掃除したり商品のフェイスを整えたり。正直その辺の仕事ってあんまりやる気でないんだよねぇ……いや、やるけどもね。店長見てるし。
でもその店長自身も暇そうな顔してるもんだから、わたしが怒られるのは何だか釈然としない。イヤじゃないけど。
というわけで(?)、そんなひまひま店長の顔をまじまじと見つめてみる。顔立ちは整ってるんだから、しゃんとしてればクールビューティーって感じなんだろうに……ちょっと気だるそうにしてるせいで八割方田舎のヤンキーかぶれだ。
何となしに手に取った商品――ストッキングを睨み付けるような目で見てる。あ、こっち向いた。
「……何?」
「てんちょーの顔見てました」
「……何で?」
「ちゃんとしてりゃ美人さんなのになぁって」
「……うっさい馬鹿」
ちょっと顔が赤くなってる。ふいっと逸らした視線は、今度は緊急時用に売ってる女性用下着に向けられていた。手にはストッキングを持ったまま。
「てんちょー、いい年なんだからそんな中学生みたいな反応はどうかと思いまーっす」
「……うっさい、馬鹿」
語彙力。
わたしゃ心配ですよ店長。
「もうあと一時間もしないうちに三十代に突入しちゃうんですから、もっとこう、大人の余裕~……みたいなのが欲しいっすー」
「……あんたもこの歳になれば分るでしょうけどね。三十なんてまだまだ、中身はがきんちょの頃と同じまま――ちょっと待って」
「んぃ?」
「……あんた、何であたしの生年月日知ってるの?」
「…………なんででしょう?」
言われてみればなんでだろう。
実年齢も誕生日も聞いた覚えなんて無いのに、当たり前のように口をついて出てきた。
「何?あんたあたしのストーカー?勝手に個人情報見たの?」
口元を右手で隠しながらもにょもにょ言ってくる店長。左手にはまだ、ストッキングを持ったまま。視線はパンツからわたしの方に戻ってきてる。
「いやいやいやー。そんな、てんちょーじゃあるまいし」
「意味分かんない返しはやめなさい」
「いやいやいやいや、てんちょーわたしのことしょっちゅう視姦してるじゃないっすかー」
「は?いや、な……はぁ?」
うーわ、とぼけるのへったくそ。
途端に目を泳がせ始めた店長の手から、ストッキングを奪い取って。わたしはそのまま、パッケージの角を自分のスカートの端に当てがった。
「てんちょー、わたしの脚めっちゃ好きっすよねぇ」
知ってるんですよぉ、店長。
なるべくわたしとペアになるようにシフト調整してること。そんでもって業務中、何かに付けてわたしのことじっくりねっとり見てること。
だからわたし、ズボンじゃなくてスカートで出勤してるんですよー。
そんなことを囁きながら、スカートの端をかりかり引っ掻く。生地とビニールが擦れ合う音が、わたしたち以外誰もいない店内でかすかに聞こえた。
「ぃ、や、ちが……別に好きじ、ゃない。し、視姦なんて、してないっ……!」
しどろもどろに、口先だけの否定をする店長。今だって、視線はわたしの太ももに向いてるのに。
「てんちょー、ダメダメ。それじゃぁダメです」
「ひっ……」
聞きたいのはそんな、白々しい嘘なんかじゃない。もっと正直な性衝動。ずっとわたしに纏わりついていたそれを、もっともっと浴びせて欲しい。だからそんなに怯えないで。いつもみたいな、無遠慮で気色悪い瞳を向けて?
「てんちょー、正直になりましょうよ」
「……ぁ、ぅ……」
「わたしがなんて言って欲しいか、分かりますよね?」
「…………」
「てんちょーがもし、わたしが欲しい言葉をくれたら。わたしも、てんちょーが欲しいもの、あげちゃいますよー……?」
「っ」
ごくりって、生唾を飲む音が冗談みたいにはっきり聞こえた。
何が起こってるのか理解できていない、わたしの真意を探るような、でもその場の欲に呑まれてしまいそうな。そんな色の瞳が、わたしが弄るスカートの裾に合わせてゆらゆら揺れている。
「制限時間は、次にお客さんが来るまで」
「……っ」
「いつ来るかなぁ~。今日はひまひまですし、しばらくは来ないかもしれないっすねぇ」
でももしかしたら、ほんの10秒後には誰か来ちゃうかもしれない。その不確定なタイムリミットが、店長の瞳をぐるぐる揺らす。
「てんちょーの誕生日、お祝いしたいなぁ~。てんちょーの欲しいもの、なぁんでもあげちゃいたい気分なんだけどなぁ~」
なんでも。なんでもあげちゃいますよ、店長。
したいこともされたいことも、気持ちわるーい欲望だって、全部全部叶えてあげますよ。実はわたし、店長のこと好きなんですよ。ずーっと見てたくせに、そんなことも知らないんだぁ?
「ほらほらてんちょー。てんちょーってばー」
早く。ねぇ店長、はやくぅ♡
「……」
「…………」
「………………み…………」
「み?」
「……………………見てた、わ」
「なにをっすかぁ~?」
「…………あ…………あんたの事」
「どんなふうにぃ~?」
「────っ!!視姦してたわよ!!いっつも色気ふり撒きやがってこのエロ女がって!!そう思いながらっ、ずーーーっと見てたわよ!!!!」
「……ひっどぉ……♡」
勝手に邪な目で見ておいて何て言い草だ。
文句の一つでも言ってやろう──そう思った矢先に、自動ドアがスライドした。お客さんの来店を告げるメロディ。小さな足音。
「っ、いらっしゃいませー」
「しゃっせー」
店長に続いて挨拶しながら、レジへと向かう。どうせ暇だからね。いつでもお会計できるようにスタンバっておこうね。
ちらっと振り返って見れば、店長はものすごーく何か言いたそうな顔をしていて。でも店長は店長なので、少なくともお客さんがいるうちは真面目なお仕事モードに入らざるを得ないのだ。
商品のストッキングを持ったままレジに入りつつ、時間を確認。
あと三十分足らずで日が変わって、わたしと店長は上がりで、店長は三十歳になる。十歳も年上なのに、なんであんなに可愛いんだろうか。
ヘタレなくせに欲望に抗えない、そんな可愛そうな店長に一体何を求められるのか。今から楽しみだなぁ。
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次回、田舎の姉妹:実家に残ったダウナー姉と都会に飛び出して行ったツンデレデレ妹
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