048. ないならつくればいいじゃない

 風が梢を揺らしていく。流れる川の両脇には家々が広がり、その奥の傾斜した土地には葡萄が生い茂っている。一本だけ飛び出た巨大な木は、何本かがより合わさったよう。ねじれ融合した幹は太く、広がる枝葉が影を落としていた。


 着きました!コルト!


 検問か入場税でもかかるかと思ったけど何もなく、すんなりと街……村? に、入ることが出来た。

 家と家の距離は離れていて、それぞれ大きな庭が付属している。道は踏み固められた土。大通りと思われる大きめの通路の脇にはいくつかの店が軒を連ねていた。それらもどこかまったりとして、人混みとは無縁の様相だ。

 見た感じ、食事はしても酒を飲み交わしている住人は居ない。


「あ~~着いた~~ちょっと休もう、休憩!」

「一旦解散にするか。パーティは念の為組んだままで。酒探してくる」

「おう、いってら」

「リーダー、エールズに渡すね」

「ホップのままでも良いぞ?」

「イベント始まって身動き取れなくなるとあれだし」

「ア、ハイ。前提な」


 疲れた顔に拍車がかかったエールズにごめんね、とは思うけど、だからといって止めるつもりは毛頭ない。こちとら酒のためにこのゲーム始めたんですよ。


「俺は一旦別の街に移動してこっちに戻ってこれるか試すかな」

「人身御供乙」

「抱えて連れてってやろうか? ん?」

「すみません大変ありがたく存じます」


 モルトに抱えられそうなのを寸前で回避。ここで回避しなかったら本気で連れて行かれる。


「え、えっと……」

「なーなー、散歩したい!! 知らない場所!!」

「あら、じゃあ私も行こうかしら」


 シェフレラとエドベルとステッラは一緒に行動するみたい。安心だな!

 エールズは近くの喫茶店……茶屋?とりあえず休めそうなとこでくつろいでるってことで、再度の集合場所として目印になってもらうことにした。

 なおネネは街に入った途端に何処かへ消えました。達者でな。最後にはエールズのとこに戻ってくるだろ。


 各々、好き勝手な方向へ。消えていくのを見送って、エールズに手を一振り。

 私が向かうのは街の外れ! 葡萄で作られるお酒を目指して!! 葡萄ってことはワインかな〜。白赤ロゼにスパークリング! 夢が広がるう〜!


 そうしてスキップでもしそうなルンルン気分で訪ねた工房で、ワインの存在を確認したものの奉納酒のため一般には販売されていないと知り、試飲も断られたことで奈落の底まで落ち込んだ。


………………

…………

……


「なあ、あれどうした」

「おかえりモルト。戻ってこれて何より」

「おう。箱庭の出口にコルトの入口追加されてたわ」

「朗報だね。あの大群と再戦しなくて済む」


 遠くでモルトとエールズの会話が聞こえる。眼の前の木目をなぞりながらぼんやりとグラス越しの空を眺めている私は、そばにあるのに触れられない酒を想っていた。しくしく。

 すごく美味しく飲めそうな外のテラス席なのに、このグラスに注がれたのは水。いや、おいしい水だったけども。ワイン作成に水は必要ないのにおいしい水があるのはチェイサーなのかなあ……しくしく。


「おい、そこのキノコはやしてるやつ」

「美味しく食べてね……」

「……重症だな?」

「リアルでかぱかぱ飲めるやつにはわかんないよぉ〜」

「いやまあ、残念だったな。ほら、ここだけじゃないだろうし」

「……たぶんどこもそう……」


 まあ、半分、八割以上、こうなる気もしてました。スイに普通には飲めないとかなんとかかんとか、言われてたしね。作るしかないんだろう。

 現状一番つくりやすいの蜂蜜酒なんだけども、こっちも蜂蜜が入手できていない。

 あんだけビーと戦ったのに一個も! 蜂蜜が! 手に入らないんですよ!! コルトにも売ってないし!!


「巣を探して殲滅するしか」

「どうやって思考が飛んだ、こっちにもわかるように説明」


 思わず漏れた言葉にモルトが反応してくる。それに答えを返そうとしたとき、聞いたことのない電子音が聞こえた。


「んあ?」

「……向こうから殲滅依頼が来たね」


 何かを諦めたようなエールズの声を背景に、表示された画面を確認する。


---

[パーティメンバーがクエストを受注したためパーティ全体に共有されます]

【在りし日の蜜を求めて】

コルトでは昔、養蜂を行っていたようだが、現在は蜂の一匹も町中で見かけない。

老婆いわく、蜂たちが殺気立っていて、とてもではないが協力できる関係にないそうだ。

原因となっているルーラー・ビーを討伐し、蜂たちの心を落ち着かせよう。

---


「このパターン、取り巻きがいっぱいいるやつでしょ。まーた蜂に群がられるのかあ!」

「断る選択肢あるだろ」

「ねえ、モルト? 出来ないってわかってて言ってるよな?」

「ほら、タンク候補がもう一人できたわけだし」

「絵面も外聞も最悪!! 却下です!」


 もう一人の候補ってシェフレラだろうし、クエスト引き当てたのもシェフレラ達なんだろうな。まあ大穴でネネって線もあるけども。


 懐いていたテーブルから身体を起こして伸び一つ。アバターは凝ることはないんだけども、気分です。パチンっ! と頬を叩いて気合を入れ直したところで、こちらへ向かってくるシェフレラ達を認めて手を振った。


「あの…っ! えっと、皆さん、にも!」

「レラ、落ち着いて。クエストは逃げないから」

「しっぽいるか?」


 言いたいことが空回りしているシェフレラに差し出されるエドベルのしっぽ。え、なにそれ! 羨ましい! ぎゅっと抱きしめたシェフレラは落ち着こうと深呼吸している。 ステッラは説明を代わらないつもりのようだ。


「クエスト……あの、クエスト、でてま、す?」


 確認するように見てくるので各々頷く。

 エドベルのしっぽの先が器用に動いてシェフレラの頬を打つ。


「【在りし日の蜜を求めて】」

「ぴゃっ!!!!」


 彼女の後ろから淡々とした声がして、予想外の方向からだったのかシェフレラが跳ねた。

 姿を表したのはネネ。無表情だがどことなく満足げなのは針の入手がうまくいったからだろうか。シェフレラより慎重の低い彼が覗き込むように見ているのは彼女の手元。


「多分ここ。拡大できる」

「え、あ、はい!」


 ネネの指示に従ったシェフレラの手元から、大きくなったディスプレイが全員の真ん中に表示された。


「地図?」

「そう、です。あの、皆さんには?」

「なかったね」


 エールズの返答にしっぽを抱きしめる腕に力が入ったのがわかる。痛くないんだろうか? エドベルの表情的ににこにこしてるから大丈夫そう。


 で、問題の地図です。

 コルトと、その裏側に疎らな木。ブドウ畑かな? 特徴的な大きな木に目立つような印。


「迷わない親切設計」

「いいか、ホップ。大きくて目立つからってたどり着けるとは限らないんだぞ」


 感想を言っただけなのにモルトに言い含められるように諭されむっとする。


「フラグ必要かも」

「そうね。普通に通り過ぎてきたけど、変なところはなかったものね」


 ネネとステッラが至極真っ当なやり取りをして、それにモルトが頷いてるが、お前さっきの発言は完全に道に迷うことを指してましたよね?


「えと、この地図、お婆さんがくれたんです。あ、その前にクエストが発生したんですけど! 相談してから決めようって、でも、お話の流れで受注扱いになっちゃって……すみません!」

「謝らなくてもいいよ。よくあることよくあること」

「よくあること……なんです?」


 エールズがフォローをして、意味深にこちらへ視線を向けてくる。

 その視線を受けて、まだシェフレラ近くにいるネネへと指を指す。


「ネネもたまに持ってくる」

「おいそこホップ。筆頭持ってくる自分をスルーしない」

「ちょうど蜂蜜欲しかったんだよね!! ナイス!」


 エールズのツッコミも何のその、蜂蜜酒への道がひらけた感謝の笑顔をシェフレラへ向けといた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る