亡霊騎士の想い #9
「あ、あ……!」
ユウは絶望に顔を凍らせた。
だが同時にルウにこんな重症を負わせたサイクロップスが憎いと思った。
サイクロップスは巨大な棍棒を持ち上げると、生き残ったユウに狙いをつける。
これが絶望か、大した力もないユウにとって、これほど分かりやすい絶望はない。
サイクロップスが棍棒を振り下ろせば、ユウは文字通りプチっと潰されるだろう。
「ゴオオオオ!」
サイクロップスが何か喚きながら棍棒を振り下ろした。
「
だがリリアンの声が聞こえた。
棍棒がユウを押しつぶす瞬間、不可視の障壁がユウを守った。
「くう!? マヒンドラお願い!」
「畏まった!」
横倒しになった荷台から冒険者達が出てきた。
あんな事があったのに流石冒険者か、みんな無事のようだ。
マヒンドラは素早くユウの下に駆け寄ると、ユウを片手で抱えて、その場から飛び退く。
「うらあああああ!」
次の瞬間、巨大な大剣を持った重剣士の重たい一撃がサイクロップスの巨大な棍棒を叩く!
サイクロップスの棍棒は狙いを外すと、地面を叩いた。
サイクロップスのパワーも凄まじいが、重剣士の実力も大したものだ。
ユウ達はなんとか間一髪助かった。
「く!? なんでサイクロップスがこんな何もない場所に!?」
「お嬢、考えている場合じゃありませんぜ! それよりこの場をなんとかしないと!」
ユウはこの事態、ツバキを襲ったゴーレムが嫌でもリファインした。
思えばツバキと出会ったあの日、突然いつも使っていた平原が未知の魔物の性で封鎖された。
そして今回、突然魔物がなにもない場所に現れる。
偶然なのか? 答えはまだ見つからない。
いや、それ以前にどうするこの怪物を!
「これだけ大きいと、どこから殴るべきか」
「足元からだろうが!」
二人の巨漢は、サイクロップスにも臆さない。
ガラムは大剣を大きく振り回し、サイクロップスの足元に斬りかかった!
だが、サイクロップスの皮膚は硬い! ガラムの大剣は皮を斬ったが、そこで止められた!
すかさずサイクロップスはガラムを蹴る、ガラムはサッカーボールのように蹴り飛ばされた。
「ぐわあ!?」
「この馬鹿!」
マヒンドラはガラムを受け止めると二人の巨漢は荒野に転がった。
ユウが受ければ即死だったろう、だが二人はなんとかボロボロになりながらも無事だった。
リリアンは慌てて駆け寄ると、二人に
だが、失った体力はどこまで回復するか……なによりも。
「ゴオオオオ!」
サイクロップスはリリアンをその大きな1つ目で睨みつけた。
リリアンは恐怖に「あ、あ」と震え上がる。
サイクロップスが棍棒を振り上げた、リリアンは必死に魔法を詠唱する。
「
棍棒が振り下ろされる。
不可視の障壁はリリアンたちを守るが、サイクロップスは苛立たしげに、何度も不可視の障壁に棍棒を叩きつける。
その度にプロテクションを維持するリリアンは脂汗を吹き出しながら、必死に歯を噛み締めた。
プロテクションが弱まれば、三人は死ぬ、その恐怖に必死で抗った。
だが、サイクロップスの強靭な力は規格外も良いところだ、何度も叩かれている内にプロテクションはグラグラと揺れ、遂にはプロテクションは無情にも破砕された。
「きゃああああ!?」
リリアンに棍棒が襲う、だが寸でのところでマヒンドラがリリアンを庇う。
三人は粉砕する地面に巻き込まれて、人形みたいに吹き飛ばされた。
ユウは絶望する……なんだこれは、どうすれば皆助かる?
助かる……? 馬鹿な、助かる訳がない。
あの手練の冒険者でも無理なんだぞ?
ルウがこのざま、ユウは無力、どうあがいても絶望でしかない。
だが、竜車から一人だけよろよろと不安げに出てくる少女がいた。
ムーンは今その場で起きている大惨事を見て、ガタガタと震えていた……しかし。
「リリアンさんを……それにユウ様を!」
ムーンの震えは怒りだった。
サイクロップスは「ゴオ?」とムーンを見て、不思議そうに首を傾げた。
何故魔物が竜車から出てきたのか、その程度の疑問を解決する知能はあるのだろうか。
ただサイクロップスにとってはどうでも良かった、全て叩き潰すだけだからだ。
サイクロップスは今度はムーンにむけて棍棒を振り上げる。
ムーンはフラフラと、戦場へと歩いた。
リリアンはそんなムーンを見て、彼女の身を案じた。
「む、ムーンさん、逃げ、て」
しかしムーンにその声はもう聞こえない。
ムーンはボソッと何か呟いた。
「《
それは呪文の詠唱に似ていた。
聞いたことの無い言語、ユウはそう判断したその時、ムーンを中心に超巨大な魔法陣が顕現した。
見たこともない程巨大な魔法陣にリリアンは驚く、だがもっと驚いたのはその後だ。
魔法陣からは闇が溢れ出し、周囲を夜に変えてしまった。
ムーンの使う
サイクロップスは突然の事に戸惑うが、ムーンにむけて敵意を滲ませた。
粉砕する。サイクロップスは汚い唾を撒き散らせながら、棍棒を振り下ろした。
「《
サイクロップスに気持ち悪い物がまとわり付いた。
ムーンの全身は青白い炎に包まれたように燃え上がる。
その青い瞳は、煌々と光り輝き、ユウから貰った赤いスカーフが風も無く靡いた。
サイクロップスにまとわり付いたものの正体は、王冠を被ったサイクロップスよりも巨大な骸骨であった。
まるで
「ゴオ!?」
サイクロップスは呻く、骸骨の王はサイクロップスの魂を取り出すと、サイクロップスに死の抱擁を行った。
即死だ、魂を抜かれ、骸骨の王はサイクロップスの肉体を冥府へと持ち去る。
サイクロップスは
残ったのはサイクロップスが落とした巨大な棍棒だけ、ムーンの完璧な勝利だった。
サイクロップスが消え去ると、魔法陣は潰え、ムーンは正気を取り戻した。
「え……あれ? ボクは一体……そうだ、ユウ様!」
ムーンからまるで死を顕現させたかのような気配は消え去った。
ただそこにはいつものおどおどした少女がいた。
ムーンはユウに駆け寄ると、目前で盛大に前に転んでしまう。
その際ムーンの頭が宙に飛ぶ、頭はユウの胸元に飛び込んだ。
「え? ええええ!?」
「デュ、デュラハン!?」
「な、なんと!?」
リリアンは素っ頓狂な声を上げ、なんだかんだ無事だった二人も盛大に驚いた。
三人はボロボロの身体で立ち上がると、ユウとムーンを取り囲む。
ユウはなんとかムーンは守ろうと、ムーンを庇った。
だけど、リリアンはムーンを襲う気はなかった。
「まさかムーンさんがデュラハンだったなんて」
「うう、騙してごめんなさい……」
「まさかデュラハンがあんなに堂々しているとは思わなかったぜ」
ムーンは思わず泣き出した。
こうなるから正体を隠したかった。
けれどリリアンはそんなムーンの頭を優しく抱きしめる。
「でもムーンさんは友達でしょ? 私はデュラハンでもムーンさんの友達よ?」
「ふえ? リリアンさん?」
二人の巨漢はそれを見て「やれやれ」と手を振った。
「結果としてだが、私達はムーン嬢に救われた」
「だな……だがあの力はなんだ?」
「分からない、ムーンさんは
特異個体、魔物の中には、極稀に特別な力を有した強大な魔物が誕生する事がある。
ただでさえ強力な魔物に分類されるデュラハンのネームド個体ならば、あれ程の力があるのか。
ユウには分からない、ただムーンは頼れる仲間だという事だ。
ユウはムーンの身体に、頭を返却するとムーンは頭の位置を調整する。
未だおどおどしていたが、リリアンの態度を見て、ようやく微笑んだ。
「あの、リリアンさん、こんなボクでも友達って言ってくれる?」
「勿論よ! ちょっと怖かったけど……素敵だった!」
リリアンはそう言うとムーンに飛びつき、ギュッと抱きしめた。
ムーンは戸惑うが、リリアンを優しく受け止める。
ユウはそれを見て、もう大丈夫だと確信した。
デュラハンであっても、誤解は解ける。
後の問題は。
「ルウ! しっかりしろ、ルウ!」
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