ラクダのネクタイ

紫陽花の花びら

第1話

 この辺にこんな店あったか? 

「アルコール出します」の看板につられて扉を開けた。カランカランとcowbellが客の到来を知らせる。

「いらっしゃいませ」

カウンター越しにマスターであろう男性が微笑んでいる。客は俺ひとりだった。

「お酒は何が出来るの?」

唐突に聞いた俺に、

「お酒なら何でも。こちらメニューでごさいます」

メニュー受け取り、喉の渇きを潤すにはビールと言いたい所だが、それじゃ芸がないと思い直しメニューを開いた。男性カクテルと書かれているその下に、ずらっとカクテルらしき名前が並んでいた。

「男性カクテルって? 男だけのお酒って事でしょ? ちょっとぞわっとするな」

「そうなんですよ。女性が飲んで宜しいんですが、効果が出ないというか。まずは説明書きを読んで頂けますと判りやすいかと。例えばシルクロードなら、中央アジア辺りが意識の中に浮かんで参ります。飲み終わると、生き方や世界観変わっていたりするとか、しないとか」

「なにそれ眉唾でしょ。う……ん。じゃあらくだに乗れるのとかあるんですか?」

マスターは笑みを崩さない。

「さあ、それは人それぞれで違いますから。でも……このお酒を飲んだお客様は、夢を見たような。夢を思い出したような、面白い感覚に襲われたと話されてますよ」

「ふーん。マスターは試したんですか?」

「私ですか? 勿論でございます」

「じゃまずは、その話聞かせくださいよ」

「かしこまりました。私は、シルクロードに興味があって、それも子どもみたいなんですけど、月の砂漠って童謡ごさいますでしよ? ご存じですか?」

頷く俺を見ながらカクテル作っている。

「まずはスッキリとドライマティーニを。この店を選んでくださったお礼に」

出されたグラスは、きりっとした冷めたさを感じさせてくれる。

ジンが味わい深い。

「その月の砂漠に行きたくて。美しい姫に逢いたくて。この絵を見てはカクテルを舐る。すると意識は月夜の砂漠なんです。向こうから影がゆらゆらと、ふと目を開けるとらくだが歩いてくるんです。そして、私の前で静かに背を低くするんです。さも乗れと言わんばかりに」

「乗ったの?」

「はい。らくだはすーっと立ちあがると、ゆっくりゆったり歩き出しました。すると、オアシスの中の宮殿の影から誰かを乗せたらくだが……」

「姫?」

「さあ? そこで意識が戻ったと言うか。飲み終わったと言うべきか……」

「それから気持ちの変化はあった?」

「はい。その時は、ここのお客でして、仕事に行き詰まっていて、心身共にボロボロでした。でも……それから楽になったんです。生きていればこんな気持にもなれる。夢も見られる。

なんて先代のマスターと話しているうちに、気がつけばここの二代目になっていた。人生面白いですよ」

「で? 姫は?」

「おります。私にとっての姫が。自宅待機しております」

「自宅待機って笑える。んじゃ俺もらくだ。今まさに仕事で悩んでいてね。

マスターと同じの貰らう」

俺は出されたカクテルを飲み、美しい絵本を見せられた。数ページみているうち俺は砂漠にいた。昼間のオアシスの街中で華やかな布を見ていた。

鮮やかな色に目を見張る俺に、真っ白らくだが近づいてきた。

なんて優しい眼差しなんだ。

白? キャメル色ばかり意識していたけど……白ならいけるかも。

俺は夢中で絵を描いている。何枚も何枚も。そこで意識が戻った。いやお酒が無くなっていた。

「マスター悪いけど、なんか紙貰える?」

コピー用紙を出してくれたマスターに、お礼もそこそこに描いた描いた描きまくった。俺の様子が落ち着いた頃にマスターは、ライトビールを出してくれた。旨い! いや~旨い! 痺れるなぁ。

「如何でしたか? シルクロードの旅は」

「参った……本当心が浮かれそうですよ

また必ず来ます」

「お待ちしております」

俺はビール代を払い店を出た。

 翌日、昨夜描いたデッサン画を会議にかけた。

「今年は夢を追いかける。心は旅に出る」が名目になっていた。

 型にはまり、売り上げが頭打ちだった紳士服部門のデザイナーが俺。

ネクタイ等のデザインを一掃し、

この状況を打破する事が厳命されている。アニマル柄だけが決定事項。

出て来る案はライオン、タイガー、キリン、ゾウ、蛇、馬いや~ピント来ない。夢がない。当たり前過ぎる。そう言って蹴散らした俺には責任がある。背水の陣の俺は昨夜のデッサンを見せた。沈黙。重苦し空気が俺を押し潰す。

「良いかもな。白いラクダ。ウインクしてるのが良い。シルエットで行くのも有りだ。それぞれの担当はこの線で。進めてみて」

社長はかなり気に入ったようだった。

 一ヶ月後試作品が上がってきた。

ブルー系のネクタイにウインクしているラクダ。グリーン系にシルエットのラクダが美しく描かれてる。かなりの出来だ。売り込みと宣伝が鍵になる。一丸となって営業していくぞ。

 俺はグリーンのネクタイを持ってあの店のドアを開ける。

カウンター越しに微笑むマスターがいる。







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