230410

【2023年4月10日】



「今日はちーちゃんと新作飲んで帰るから」


「そういうことだから」


 ほとんどがオリエンテーションだったとはいえ、今日から本格的に高校生活がスタートしたことで今までは口先だけの交際でしかなかった俺たちの関係を一歩進めようと思った矢先に藍と千花かのじょからそう告げられた。


「あ……あぁ……」


「じゅんじゅん、見事に振られたね」


「振られてねえよ」


 ないよな? 俺も誘ってくれたって良いのに。俺だって新作飲みたいのに。新作ってのが何かは知らないけど。


「ふたりがデートに行っちゃったって事はじゅんじゅんフリーでしょ? 僕とご飯でも食べに行かない?」


「あぁ、そうだな。後手ごてさんも一緒にどう? かげっち……三景みかげが奢ってくれるって」


 俺は何となく。ただ何となく教室に残っていた男子生徒(明才高校は制服が自由選択制なので女子制服を着用している)、後手那月ごてなつきさんを誘ってみた。


「奢らんが!?」


「ふふっ、ふたりともこの間会ったばかりなのにもう仲が良いんだね。ゴメンねだけど、今日は遠慮しておくね。また誘ってくれると嬉しいな」


 男子とは思えない優しい笑顔に俺もかげっちも同姓ながら見惚れてしまっていた。


「千花さんに言いつけるぞ~ じゅんじゅんが他の男と付き合おうとしているって」


「別にそういう訳じゃねぇよ。ただ単純に仲良くなりたいと思っただけで」


 その言葉に一切の嘘はなかったし、見惚れはしたが笑顔だったらあいと千花の方が可愛いと言い切れる。


「うっわぁ~ 今絶対彼女のこと考えてた」


「なにがうわぁ~ だよ。付き合っているんだから彼女のこと考えたって良いだろ!」


「いやいや、もう顔が。うん、凄かった。僕以外の前ではやらない方が良いよ」


 そんな冗談(だよな?)を言い合いながら、俺はかげっちがおススメだという学校近くにあるに向かった。



「いらっしゃい」


 洋風食堂『朝日亭あさひてい』広くは無いが狭すぎる事もないどことなく落ち着く雰囲気のあるそんな店に入ると三景そっくりな人物が俺たちを出迎えた。


「かげっち、もしかしてこの人が?」


「そう、このお方こそ僕が尊敬してやまないちー姉さんこと先本千景さきもとちかげその人だよ」


 かげっちが上級生を中心に『ミニ景様』と呼ばれていることに納得してしまうくらい身長以外は瓜二つのその人物に俺は驚きを隠すことが出来なかった。


「ちー姉さんはたまにこのお店を手伝っているんだ」


「三景はよく来てくれるけれど、お客様としてしか来てくれなくてね……」


「かげっちも手伝ってやれよ。尊敬するちー姉さんを近くで見て学べる絶好の機会じゃないか」


「私としても、この店としてももう少し人員が居ればありがたく思うのだけどね」


 俺とちー姉さんからの言葉の弾丸を受けてハチの巣状態になってしまっているかげっちはバツが悪そうな表情で縮こまっていた。


「まぁ、無理強いはしないよ。三景は三景で別の仕事を手伝ってもらっているからね」


「え、マジ?」


「まぁ……言えんことではあるけど」


 言い淀まれてしまうと逆に知りたくなってしまうのが人間のさがではあるが、どうやらこれ以上深入りはしてほしくなさそうなので、自ら語る日が来るまではその内容については触れないでおくことにした。


「で、ここって何がおすすめなん?」


「僕のおススメは……『トロトロオムライス唐揚げセット』かな」


「へぇ、じゃあそれに……」


 決めようとしてメニューを見ると料金は¥1,000と書かれていた。社会人には気軽にポンと出せてしまう金額なのかもしれないが、アルバイトを始めるまでは月に一度のお小遣い1万円でやりくりしないといけない俺にとって¥1,000というのはかなりハードルが高かった。


じゅんくん、今日は好きなものを食べると良い。三景の従姉として、明才の先輩としてサービスしよう」


「じゃあ、僕も」


「三景はサービス適応外だけれど?」


「そんなぁ~」


 先本の一族のやり取りに笑わせてもらいながら俺はちー姉さんが奢ってくれた『トロトロオムライス唐揚げセット』を心ゆくまで満喫した。



 ところで、いつ俺はちー姉さんに名前を教えていただろうか? 日記を記すために記憶を遡ってみたがそのような記憶は一切掘り起こされなかった。

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