3.ある碁会所の大会にて

 時間の消費は圧倒的に自分のほうが分が悪かった。

 読み合いになればどうしても若さが勝る。俺自身、十年前の自分と今の自分。どちらが読みに自信があるかといえば前者だ。目の前にいるのは、二十歳以上離れた中学生だ。

 この子と初めて会ったのは彼が小学生の頃だった。その時はまだ五子のハンデを付けて、俺が教える立場だったのに。

 どうして若い奴らは、こうも吸収が早いのか。

 だが、経験ではまだ勝る。判断力が勝負を分ける。そんな展開に持ち込むには──。

 俺はネクタイに手をかける。盤面に集中する彼に目を向けると、前髪越しにラクダのように長いまつげがみえた。思わず、口元が緩んだ。こんなときに何を考えてるんだ、俺は。

 こいつはあの絵本を知ってるのかな?

 よし、と心のなかで活を入れるとネクタイを取り払った。

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