異世界でのとある日記
ぶんけん
第1話 ある女騎士の日記1
〇月×日
今日あった出来事を決して忘れることが無いよう日記を書くことにした。いや、この先どんなことがあろうと決して忘れることはないだろう。私自身の考えをまとめるために書いている。それぐらい今日の出来事は私の人生において衝撃的だった。
まず自分自身について簡単にまとめる。私はティルーデ・ミランダ、年齢は20。ミランダ家の長女だ。ミランダ家のものは代々王国に騎士として仕えており、私も幼少期から父に鍛えられ今では王国騎士団3番隊の隊長を務めている。若輩のそれに女が隊長であるなど最初はやっかみの対象だったが3番隊のものは皆私を信頼し精一杯働いてくれている。私にとっては第2の家族のようなものだ。
少し話がそれてしまった。日記など書いたことがなかったがこれでよいのだろうか。まあいい。
今日、我々3番隊は王国のはずれにある荒野を調査に向かった。野盗や危険な魔物がいないかの調査だが、定期的に行っている業務だ。そもそもあんな荒れ果てた土地で生物が生きていけるわけがない。私も含め皆真剣ではあったが、気軽な気持ちで調査に向かった。
最初は特に何もなかった。目的地に着き各々が調査を開始した。「何もいないな」なんて部下と軽口をたたきながら調査をしていると、突然太陽の明かりが遮られた。
急な雨か?と思い皆が上を見上げた時、最初は困惑、そして次に皆を襲ったのは絶望だった。影の正体は雲などではなく最強最悪の―ドラゴンだった―
ドラゴンといえば王国内の全騎士、全装備を集めた100人以上の騎士で迎え撃ってようやく倒せる最強の魔物だ。それでも半数は命を落とすだろう。それに対して私たち3番隊は10人程度、装備も調査用の軽装だ。おそらく全員生きては帰れない。しかし私たちは騎士だった。私が叫ぶと皆一斉に陣形を組み戦闘態勢に入った。伝令役に国王への報告を頼むと私も剣を抜いた。皆震えていた。私も震えていた。でも戦うしかない、愛する者がいるこの国のためにも。
戦闘、と呼べないほど一方的な蹂躙だった。まずドラゴンが軽く腕を振るっただけで、半数が吹き飛んだ。何とか避けることができたものが一斉にドラゴンへ剣を振るったが、そのすべてが固い鱗に阻まれ、傷一つつけることができなかった。私も必死に攻撃したが、私の今までの努力をあざ笑うかのように一切ダメージを与えることができなかった。
ドラゴンは私たちの攻撃を無視し大きな咆哮をあげた。そのたった一度の咆哮で私たちは全員へたり込んでしまった。圧倒的な力の差、超えることのできない壁。それを見せつけられたのだ。ドラゴンはへたり込む私に近づいてきた。その眼にはさっきなど微塵もなくただ目の前の弱者のことなどどうでもいいといったような表情を浮かべていた。私はここで踏みつぶされるのか、それとも喰われるのか。死を覚悟し、天を見上げた時だった。
始めは小さな点だった。それがすさまじい速度で段々と近づいてくる。まるで隆盛のようだと感じた瞬間、すさまじい轟音と衝撃派が私を襲った。衝撃によって吹き飛ばされた私は何とか立ち上がり衝撃の起こった箇所を見るとそれは先ほどまでドラゴンがいた場所だった。周りには土煙が立ち込めており何も見えない。やがて煙が晴れるとドラゴンの襲撃などかすむ程の衝撃的な光景が広がっていた。
ドラゴンが死んでいた。私たちの攻撃では傷一つつくことなかった体に大きな穴を空けて。そしてその中心に、彼がいた。
漆黒のような髪と瞳をもつ男だった。年は私と同じか少し下ぐらいの青年で、頭からドラゴンの血をかぶり武器も持たずその場に立っていた。あのドラゴンを、最強最悪の魔物を彼は素手で、たったの一撃で仕留めたのだ。そんなことはあり得ないと私の常識が叫ぶが、目の前の現実が嫌でも私にそう認識させた。かろうじて動ける部下も全員困惑している。私は意を決して彼に名を訪ねたが、彼からは一切返答はなかった。そのことで私も含め全員が警戒を強めた時、彼の目が鋭くなった。
瞬間、恐ろしいまでの殺気が私たちを襲った。先ほどのドラゴンの威圧感がかわいく思えるほどの強力な殺気だった。まるで「助けてやった恩人に、なんて態度だ」と言わんばかりの視線だった。気を失わなかったのが奇跡にも等しい。ここからの対応を間違えたら全員殺されると感じた私は、非礼を詫び、彼についてきてほしいと誠意を込めて頼んだ。すると殺気は消え、恐ろしいほど従順に従ってくれた。おそらくこちらの敵意がない事が伝わり、彼も私たちに害をもたらす気はないことをアピールしてくれたのだろう。倒れた仲間を助け、私たちは彼を囲む形で王国へ帰った。(重傷者はいたが、誰一人として死なずに本当に良かった。)
王国に帰ると王国内は騒然としていた。国民は避難を始めており、門の前にはすでに大規模な隊が組まれていた。その最中私たちが帰還したためさらに混乱が起こった。当り前だドラゴンと相まみえて無事に帰ってくるなどありえないのだから。
すぐに騎士団長である父が私に近づいてきて何事だと尋ねた。私が噓の報告をしたのではないかと疑っているのだ。私は父にありのままのことを話した。調査の最中ドラゴンに襲われたこと。しかし全く歯が立たなかったこと。死を覚悟した瞬間この男が空から現れて一撃でドラゴンを葬ったこと。最初父は全く信じてくれなかったが、私が嘘を言うような性格ではないことと、私の部下も口をそろえて同じことを言ったこと、そして何より血濡れの彼をみて、少数精鋭の調査隊を派遣し、その現場を偵察に行ってくれることになった。彼はこの最中も一切話すことはなかった。その後父が彼から詳しく話を聞きたいといった。当り前だ、父にとっても到底理解できないことが立て続けに起こっているのだから。私は彼にどうか父と話してもらえないかと頼むと彼は曖昧な表情でうなずいた後、着替えと身体を洗わせてくれと言ってきた。確かにずっと血みどろの状態は辛い。私はすぐに部下に替えの服の用意と水場への案内を頼んだ。彼が身体を洗うのを待っている間に私も取り調べに参加するように言われた。
準備をしているとやがて彼が戻ってきた。さっぱりして、予備の服を着た彼はなんというか、平凡だった。黒い髪に黒い瞳、少し幼さが残る顔立ちで、お世辞にも鍛えている身体ではなかった。とてもドラゴンを一撃で倒し、私たちに鋭い殺気を放った人物とは思えない。私の部下から借りた服を着ているが、ぶかぶかで裾がダボついている。少しかわいらしいと思ってしまった。父が彼に座るよう促し、取り調べが始まった。彼の名前を尋ねると「カガミ・ユータ」と名乗った。聞きなじみのない名前だった。どこか遠方の出身なのだろう。故郷を尋ねると「二ホン」というこれまた知らない国名を言われた。父を見たが父も首を振る。どうやらかなり遠方からやってきたようだった。次になぜあの場所にいて、どのようにしてドラゴンを一撃で仕留めたかを尋ねたがこれが難航した。ユータは一切口を割らなかったのだ。どうしてあの場所にいたのかと聞くと「気づいたらあの場所にいた」ドラゴンを仕留めた方法を聞くと「自分があの場所にいた時にはすでに死んでいた」と言い、あろうことか私がドラゴンを倒したといい始めたのだ!私はユータに詰め寄った。そんなわけがない。私たちが死ぬ寸前お前が空からやってきてドラゴンを殺したのだ!と。すると彼は困ったような顔をしていた。父も私も困り果てていると、調査隊が帰ってきて私が証言した通りに腹部に大穴を空けたドラゴンの死体があったことを報告した。その報告を聞き父と私が再び彼を見ると、彼はじっと黙っている。私はふと、彼は本当は力がばれたくなかったのかもしれないと思った。こんな大きな力がばれれば国が放っておくわけがないからだ。でも彼は力を振るった。騎士団を、私を助けるために。そう思うとチクリと胸が痛んだ。皆黙っている中で突然父がユータに「行く当てはあるのか?」とたずねた。ユータが首を振ると父はユータを騎士団で預かると言い出した。しかも私の所属する3番隊で預かるようにと命令した。つまり、正体も力もわからないユータを野放しにしておけば何か危険があるかもしれない。一方で私の証言によればユータは私の、ひいては国を助けた英雄でもある。だからこそ騎士団で身柄を預かり、監視と保護をしようという魂胆だった。3番隊を選んだのは娘である私がいるからいろいろと融通が利くからだろう。ユータはしばらく考えた後、コクリとうなずいた。
こうして取り調べが終わり、私はユータを3番隊の宿舎へ案内することとなった。案内している最中も会話がなかった、と思ったとき私はまだ彼に名前すら名乗っていないことに気が付いた。これはいけないのかもしれない。彼は私の命の恩人な上にこれからともに生活していくのだから。私は振り返り改めて自己紹介した。
「先ほどはありがとう。私の名前はティルーゼ・ミランダ。王国騎士団3番隊の隊長を務めている。これからよろしく頼む」
そう言いながら手を差し出すと、彼は少しおどおどしながら私の手を握り
「カガミ・ユータ。こちらこそよろしく」
と言った。剣など握ったことないような柔らかい手だった。
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