異能営業マン

宿木 柊花

営業マンのネクタイ

 必ず営業を勝ち取る営業マンがいた。

 その名もサトウ。

 ギフト社営業課の一社員。

 どこにでもいる顔を覚えるのに一苦労するような平凡な男だ。

 しかし、このサトウは入社以来一件も営業を断られていないという伝説の営業マン。


「サトウまた成績トップかよ、やるな!」


 次点のスズキがサトウの冴えない背中を叩く。サトウはせながらも自分の成績を眺めた。

 誰よりも長く伸びた柱に共鳴して自己肯定感も高まっていく。


「お! サトウのラクダがこんなにいるってことは今日の案件はかなり気合い入っているんだな。頑張れよ」


 スズキはサトウのネクタイを拝むように両手で包むと丁寧に整えてくれる。スズキは親切だが少々細かい一面も持っていた。


 サトウのネクタイにはラクダの模様がえがかれている。

 勝負下着ならぬ勝負ラクダだ。

 この一本しかないというわけでも、特別ラクダを愛しているわけでもない。

 しかし営業をかける、もしくは競うときには必ずこのラクダのネクタイを締める。


 ちなみに無地は冠婚葬祭用の白と黒の二本しか持っていない。正確に言えばそれすらも実家にあるため、サトウの孤城であるアパートの一室にはラクダのいないネクタイは存在しない。


 男はそのトレードマークと仕事を軽くこなす様子から部署の女性陣に畏怖の念を込めてラクダと呼ばれた。サトウ的には満更でもないのだが、女性陣にとっては悪口の部類らしくバツの悪い顔をされる。






 今日は大きな商談がある。

 強力なライバル社が複数いる断られるのが当たり前、取れたらラッキーくらいのライバル社の胸を借りるような案件だ。

 大きなビルの大きな会議室。

 自信満々の強力ライバル社。

 爬虫類のような瞳で舐めるように品定めするクライアント。

 サトウはそっとネクタイを撫でる。


 部屋が暗転し、プレゼンが始まる。

 一通りのプレゼン合戦が終わり、サトウの出番も終わった。手応えはあまりなかった。

 あとできることは祈るのみ。

 大手ライバル社で決まりだろう。


 サトウはネクタイにそっと呟く。

『ギフト社に決めよう』するとネクタイがプルリと震え、ラクダはポロポロとネクタイを離れて行く。


 そして、クライアントの耳へ侵入した。


 クライアントは『ギフト社に決める』と口々に言う。

 勝利は確実と思っていた大手ライバル社は膝から崩れ落ち、今回も商談は決まった。

 課長はあまりの喜びでギックリ腰を発症しそのまま病院へ送り届けた。






 サトウがラクダを操れることを知ったのはエジプト旅行の時だった。

 ツアーに申し込んだのだが置き去りにされ、突然見知らぬ地で一人旅になった。

 言葉も通じず文字は区切りすら見当がつかない。しかし荷物運びの仕事をしていたラクダとは何の障壁もなく意志疎通ができた。

 おかげで有意義な旅となった。


 そこで買ったのがこのラクダのネクタイである。


 日本に戻ってから絵柄でもラクダたちに頼みごとが可能で動くということが分かった。


 そして、商談成立率100%の男になった。






「なるほど」

 背後に社長がいた。

「商談成立おめでとう。だが、やっぱり君のやり方は好かないかな。それではフェアじゃない」


 サトウはラクダたちを放つ。

 社長はひらりとそれを受け流す。

 それは闘牛のマントのようだった。

「いつから気づいていたのですか?」

 サトウの元にラクダたちが帰ってくる。


「はじめから。君が入社した頃だが、疑うにも証拠がなかった。それもそうだろう諜報員はみんな君のラクダの餌食になったのだから、都合の悪いことは報告するはずがない」

 社長は大袈裟に肩をすくめ、続ける。

「それに君は一つ大きなミスをしている。僕はそれを看過できないんだ。営業とはね、駆け引きなんだ。最初の提案は大きく相手が断ってからが本番なんだよ。既存の商品を多く安く買わせる代わりに新商品も持ち帰ってもらう。相手は断った手前多少の罪悪感が残り新商品を試すくらいならと、すんなり事が運んだりするのさ」


「それでも商談はうまくいっています」

 サトウは無地のネクタイを握りしめる。


 「そうだね。でも君は必ず最初の提案で決めてくる。発展がないんだ。だから新商品の売り込み、いや刷り込みもない」

 サトウは叫んだ。群れをなして社長に挑んでいったラクダがことごとく帰ってくるから。

「なぜラクダが効かない!」


 社長は耳をトントンと叩く。

「僕は昔から耳が悪くてね。男はまだ分からない。社長は耳栓だよ」

 と空袋を見せ、「君の何がそんなにも心を操るのか分からなかったから念のためさ」


 なぜ男の呟きはもはや声にならない。

 初めてラクダが負けたのだ。


「読唇術だよ」

 社長はにこやかに告げる。






 ほどなくして無敗の伝説はなくなった。

 サトウは今日もラクダのネクタイを締めている。

「聞いたかサトウ。あの大手ライバル社の賄賂! それで契約取ってたなんてずるいよな」

「そうだね」

 営業トップのスズキは最下位にまで落ちたサトウにも変わりなく接する。できた男だ。



 世の中の悪を絞り出す。

 ラクダの暗躍は社長のみぞ知る。

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異能営業マン 宿木 柊花 @ol4Sl4

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