第33話 登場
天使の守護会の緊急幹部会合が開かれたのは、吉斗がパイシーズとキャンサーを殺してからわずか数時間後であった。
「先ほど調査班から連絡があった。我々の目標である相沢吉斗がパイシーズと交戦。パイシーズを殺害したそうだ。その後にキャンサーも殺している」
「なんてことだ」
「そんなことがあり得るのか……」
幹部たちはざわめき出す。
「もはや我々には戦力はない。トム・カーマン氏の願いは叶わないだろう」
「いや、まだだ。そこらへんにいる警備員や研究者、事務員まであらゆる人間に『グリムリーパー』を投与して相沢吉斗を抹殺するんだ。最悪、我々も『グリムリーパー』を摂取して前線に出るしかないだろう」
「そんなことをしたら、GB計画は破綻する。私は反対するぞ」
「そうだ、今は攻撃よりも防御に転じるべきだ。幸いにも、GB計画の中枢である研究室の場所はバレていない。秘匿レベルを上げて、隠し通すべきだろう」
「だが向こうから来ないという保障はない。どうしたものか……」
そんな事を話していると、部屋の扉が開く。
「誰だっ」
「戦力なら、ここにいるわ……」
そこには、一人の女性がいた。幹部の一人は気が付く。
「君はヴァルゴじゃないか。生きていたのか」
ヴァルゴが部屋の中に入ってくる。しかし、その足取りはどこか悪く、フラフラとしている。よく見れば服はところどころ破れており、傷も多少負っている。
歩く様子はまるで、マリオネットのように誰かに操られているようだ。
「見たところ、誰かと戦ったような恰好だが……」
その時、ゴトッという音と共にヴァルゴの頭が地面に転がり落ちる。
「なん……」
その場にいる幹部は、全員が絶句していた。
ヴァルゴの体が地面に倒れこむと、その背後に別の人間がいるのに気が付くだろう。
「君は、誰だ……?」
「……ワタシですよ。皆さん」
扉をくぐるように入ってきたのは、一人の男性。
その顔に覚えのある幹部が声を上げる。
「ま、まさか……! トム・カーマン氏!?」
「そうデス。皆さんの味方、トム・カーマンデス。」
今まで行方不明になっていた人物がこんな所に現れたのだ。本当は無事を祝いたい所だろうが、それを口に出せない程にトム・カーマンの見た目は変わっていた。
高身長で細身だったはずのトム・カーマンは、身長2.5mを超えており、それ以上に筋肉が隆々と盛り上がっているのだ。
まるで人間重戦車。
「皆さん、心配不要デス。GB計画は達成されましタ。新しい合成麻薬『神の息吹』は完成したのデス」
「おぉ、『神の息吹』が……!」
それに喜ぶ幹部たち。
「それでは、今から生体実験を……」
「その必要はありまセン」
「な、なぜです?」
「『神の息吹』の生体実験は、ワタシの体を持って証明されています」
「ま、まさか、『神の息吹』を摂取したことで、その肉体を手に入れられたのですか?」
「その通りデス。これによって、ワタシはさらに先に進むことができマス」
そういって一人の幹部の元に近寄ると、右手を幹部の近くに持ってくる。
そして軽くデコピンをした。
その瞬間、幹部の頭はパァンという音と共に弾けとんだ。
「ひ、ひぃぃぃ!」
「ワタシが『神の息吹』の被験者第一号であり、唯一の存在デス。ワタシこそが、この荒廃した地球に降り立つ、イエス・キリストとなるのデス」
そういって隣にいた幹部のことをぶん殴るトム・カーマン。殴られた幹部は、その勢いで壁にまで吹っ飛んだ。
「お、お許しを……」
「アナタたちは罪を重ねすぎました。ワタシがその罪を背負ってあげまショウ」
トム・カーマンは笑顔で言う。
幹部の一人が腰をぬかして、立ち上がれずにいる。そこにトム・カーマンが接近する。
「さぁ、アナタも自由になりなさい」
両手で蚊を潰すように、勢いよく上半身をミンチにする。
「ひぇぇぇ……!」
何とかトム・カーマンの目をかいくぐって、出口のほうに逃げる幹部。しかしトム・カーマンは、ほんの一瞬でその幹部の前に移動する。
「アナタも自由が欲しいようデスね」
そういってアッパーを仕掛ける。幹部は避けることも出来ずに天井に叩きつけられた。
残りの幹部は悟った。逃げることは出来ないと。
「さぁ、皆さん。神の許しを得るのデス」
1分もしないうちに、幹部は全員殺された。
その情報は、数時間後には吉斗たちの元に届くのだった。
「トム・カーマンが現れて、幹部全員が死亡した?」
「大変な事態になりました。トム・カーマンの狙いは不明ですが、相沢さんのことを狙うのは時間の問題と言えるでしょう」
レミとゴンが、吉斗の家で現状報告をする。
「現場の状況と警備員の証言から、今の相沢さんには手に負えません。最悪の場合、逃げる必要が出てきます」
「いや、逃げません。迎え撃つだけです」
そういった吉斗だが、それに反対する人物がいた。
亜紀である。
「私は嫌。これ以上人を殺すようなことはしないで」
「無理だ。全ての元凶であるトム・カーマンは必ず止める。それを分からせるには、殺すしか方法はない」
「もっと他の方法があるはずでしょ!? それを見ないフリしてるのは吉斗のほうじゃん!」
そういって、亜紀はリビングを飛び出す。足音は玄関のほうへ行き、そのまま外へと消えていった。
「……いいんですか?」
「他に方法はないでしょう? なら殺すしか……」
その時だった。
「きゃあああ!」
亜紀の悲鳴が聞こえてくる。
「亜紀!?」
吉斗たちが急いで外に出ると、そこには夕陽に照らされた巨大な影があった。
「初めまして。ワタシがトム・カーマンデス」
トム・カーマンの腕の中には亜紀がいた。
「亜紀を放せ!」
吉斗はトム・カーマンに言う。
「それは無理デス。ワタシはアナタを倒して、本物のイエス・キリストになるのデス」
「キリスト教信者か? おあいにくだが、俺はキリスト教は信仰してないものでね」
「それデモ構いません。ワタシの実力を実感すれば、考えを改めるでショウ」
そういってトム・カーマンは踵を返す。
「待て! 亜紀をどこに連れてくつもりだ!?」
「この方は人質デス。命は保障しまショウ。1週間後、長野市役所にて待っていマス」
そういってトム・カーマンはどこかへ歩いて行ってしまった。
「相沢さん……」
レミが不安そうに言う。
吉斗は、トム・カーマンの背中が見えなくなるまで見つめるのだった。
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