第31話 昔話

 時はさかのぼり約10年前。

 南米の密林に存在していた、とある製薬会社の研究所が爆発によって消滅した。この研究所にいた6名とは連絡が取れず、死亡扱いされていた。

 しかし、たった一人であるが、実は生存者がいたのだ。

 ジヒドデトルコロルイン3価ピルフィン、通称「グリムリーパー」の化合式を発見し、合成することに成功したアレク博士である。

 アレク博士は負傷しながらも、とあるスラム街に住みついた。そこで生活を始める。

 この時、生活の資金を調達するために始めたのが、「グリムリーパー」の製造・販売だ。一日に製造出来る「グリムリーパー」の量は非常に少なかったものの、それでもたった数gで従来の合成麻薬以上の効果を発揮した。

 最初はスラム街に住む住人に、資金が潤沢になれば都市部の富裕層に、やがてはダークウェブ上にて超高額で取引されるようになった。

 物好きな人々は「グリムリーパー」の効果を堪能しようと、アレク博士の元に殺到する。もちろん、キャリーケースいっぱいの紙幣を用意してだ。

 売る分には、アレク博士は売れるだけ売った。自分の懐が温まるからだ。それに、次の「グリムリーパー」を作る資金源にもなったからだ。

 しかし一方で、アレク博士は「グリムリーパー」の製造方法を誰にも教えようとしなかった。どんな大金を積まれても、どんな良い待遇を受けようとも、決して教えなかった。

 しかし、材料はバレている。いずれかは別の誰かが「グリムリーパー」に似た合成麻薬を製造するだろう。その前に新たな麻薬を作る必要がある。

 そんなある日、ダークウェブを介してある男が接触してきた。トム・カーマンである。

 トム・カーマンは、アメリカで有名なインフルエンサーで陰謀論者であった。インフルエンサーという武器を使って巨万の富を得たトム・カーマンは、尽きかけていた陰謀論のネタを探していた。その時に知ったのが「グリムリーパー」である。

 この麻薬と自分の陰謀論を組み合わせれば、もっと自分の存在価値を高められ、そして富を得られる。そう考えたのだ。

 早速トム・カーマンはアレク博士と接触する。トム・カーマンはアレク博士の要求を全て飲むことを条件に、「グリムリーパー」の量産と、より強力な合成麻薬の研究を行うように依頼した。その内容は、運よくアレク博士の考えと一致していた。

 こうして、アレク博士とトム・カーマンは契約を結ぶ。

 トム・カーマンはすぐに行動を起こす。まずはありとあらゆるコネクションを利用して、「グリムリーパー」の生産拠点を世界中に建設する。ありとあらゆる業務がシステム化され、さらには機密扱いにされた。これによって「グリムリーパー」を安定して量産出来る体制が整う。

 これと並行する形でアレク博士を中心とした研究班が組織される。研究班の目的は、「グリムリーパー」を上回るほどの強力な合成麻薬を製造することだ。そのためには、ありとあらゆる化学知識が必要になる。これまたトム・カーマンのコネクションを利用して、化学者を集結させた。

 こうして研究が開始される。資金や備品はトム・カーマンが用意してくれる。アレク博士にとっては、十分魅力的な場所だろう。

 そうして数年の時間をかけ、「グリムリーパー」を上回る合成麻薬ジヒドデトルコロルイン5価ぴろふぃんフェミタル、通称「神の息吹」が研究室の中で合成された。この「神の息吹」は、肉体と精神を極限にまで高めることによって、生物の枠を超えた、オーバースペックを生み出すことが出来る。しかし動物実験では、どの個体も効果は数時間しか持たず、最終的には肉体がちぎれ、精神が崩壊して絶命する。

 さらに悪いことに、研究室で製造するだけでも莫大なコストがかかる。しかも合成出来る量が少ない。これでは実用化は難しいとの判断がなされる。

 だが、ここで終わらせないのがトム・カーマンである。「神の息吹」をより簡易的に量産出来るための計画をスタートさせる。これが、日本にて進行しているGB計画である。

 さらにトム・カーマンは、自身の陰謀論に新たな出来事を加えた。それが「グレートリセット」である。

 地球上に存在する全てのシステム、組織、枠組みが破壊され、原始の世界にリセットされる。そういう陰謀論をでっちあげたのである。

 当然、この陰謀論は界隈で大いに盛り上がった。

 そしてこの「グレートリセット」を実現させるために、トム・カーマンは「グリムリーパー」を農薬や動物の餌に混入させるように指示する。これにより、動物たちは「グリムリーパー」に汚染され、やがては人類へと到達する。

 人類という種を崩壊させることで、「グレートリセット」は成されるという筋書を、トム・カーマンは考えたのである。

 そしてそれは実際に行動に移された。製薬会社と偽って、新薬として混入させ始めたのである。

 これにより資金を調達し、それを「神の息吹」の研究費に充てる。

 こうしてGB計画は順調に進み、もう少しで完成するところまで来たのだ。

 それが、吉斗と生き残った天球十二戦闘員の戦いの頃であった。

 なお余談であるが、現在のトム・カーマンの行方は約1年前から分かっていない。

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