それでも月は明るい

橘暮四

プロローグ

 月を見上げる癖がついたのは、いつからだったろうか。正確には思い出せない。気づいたときにはその癖はもう僕に定着してしまっていて、僕の記憶のあらゆるところに月の影が差し込んでいた。それでもたぶん、最初に僕と月とを繋ぎ合わせたものとして、僕はある記憶を脳裏から引っ張り出すことができる。ある意味でとても象徴的な、古い思い出。そうだ。あのときもちょうど、隈なき満月の日だった。

 僕は阪急の神戸三宮から外へ出て、空を見上げる。飲み屋街の喧しいネオンの向こうに、とっぷりとした満月が浮かんでいた。その静かな佇まいは、十五年以上も前のあの日から変わっていなかった。

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