閑話・好きこそ
===春===
「おぉ、春じゃねぇか!」
大将に無理を行って連れて来て貰った切端村。
浜?に着くと、この間の秋に海の話をしてくれた伯父さんの一人が直ぐに声を掛けてくれた。伯父さんは子供に飯をもっと食べさせてあげたくて手伝いに来たって言ってたっけ。
「お久しぶりです。」
私はそう挨拶して頭を下げると。
「ほれ、目当てはこれだろ?」
伯父さんはそう言うと砂の上に置かれた大きな横長の木の箱の様な物から釣竿を取り出した。あの箱みたいなやつがきっと舟って呼ばれてる物だ。あれに乗って海の上に浮かぶって言ってた。
私はブンブンと何度も首を縦に振る。きっと顔は小さな子供みたいに喜んでいるだろうと自分でもわかる。
「なんじゃ、どこの娘っ子だ?」
「ほれ、秋に山向こうに手伝い働きに行ったであろう。そこに釣りが好きな娘が居ったと話したではないか。」
「おぉ、こん娘が噂の釣り娘か!」
伯父さんが他の伯父さんと話し始める。釣り娘?
海は不思議な匂いがする。まだ切端村に辿り着く前、川を下って来る間にちょっとずつ強くなった匂いだ。大将は塩の匂いだって言ってたけど、村で料理に使うお塩からはあんな匂いはしないよね?でも、海の水にはお塩が沢山溶けているって教わったからやっぱり塩の匂いなのかも。大将はこの村の大将とお館に行ってしまったので伯父さん達に連れられて海に沿って歩きながらそんな事を考える。
舟が有った所は地面が砂だったけれど段々岩がゴロゴロ転がっている地面に変わって来た。
「ここだ。滑り易いから気を付けろ。落ちたら死んじまう事だって珍しくないんだぞ。」
漸く辿り着いた目的地の大岩の上で伯父さんが真面目な顔をしてそう言う。
川だって落ちたら危ない。そうも思うけれど目の前で大岩に当たって砕ける波を見ると確かに川には無い恐ろしさを感じる様な気もする。どうでも良いけど水って砕けるんだね。そう言えば滝から落ちる水も岩に当たる所は砕けていたかもしれない。
'ガツンッ'
伯父さんに「好きにやってみろ」と言われて暫く。漸く来た当たりに竿を合わせた瞬間にとんでもない引きが来た。冗談では無く、水に引っ張り込まれるかと思った位。良く竿を離さなかったと自分を褒めてあげたい。
「春、竿を立てろ!腰を落とすんだ!」
隣で糸を垂らしていた伯父さんが慌てた様子でそう怒鳴る。
「明日?朝の内に出発するぞ。」
やっぱりそうかぁ…大将の返事に私はガッカリと肩を落とす。
あの後、散々魚に振り回されて、伯父さん達にあーだこーだと怒鳴られた末に私は掛かった魚を釣り上げた。白と黒の縞模様の入った見た事も無い位大きな、そして綺麗な魚だった。石鯛だと伯父さん達は大騒ぎ。鯛って言うのは一番上等な魚の種類らしい。
そう言えばその後、色んな人から嫁に来いって言われたな。毎日釣りが出来るなんて言ってたっけ…ちょっと、いや凄く魅力的だけれど、宗太郎は私が居ないと何にも出来ないからなぁ。今日も子供達の面倒をちゃんと見てくれただろうか。
それから何匹か魚を釣った頃、伯父さん達は舟の上だともっと色々な魚が釣れる、舟は朝一番に出すから明日も釣りに行くなら乗せてやるって言ってくれたんだけど…朝の内に出発するんじゃ駄目だ。舟は一度海に出たらお昼位までは戻って来ないって言ってたし…
「何、来年も連れて来てやるさ。」
私の顔を見て大将がそう言ってくれた。
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===宗太郎===
この間の秋以来、久しぶりに吉兵衛様がやって来た。吉兵衛さんは去年、北敷の人達を率いて手伝いに来てくれた人で、俺と寛太が大将や猛様に稽古を付けて貰っているのを見て自分も教えて欲しいと言って来た。
今年は、その吉兵衛様が他にも稽古を付けて欲しいと言う人達を連れて来たらしい。らしいのだけど…正直言って、その人達の事は一目見てあんまり好きじゃ無いと思った。特に今大将に食って掛かっている人は駄目だ。あの人は…何と言うか何度も俺達の村を酷い目に遭わせて来た奴等に似た感じがするんだ…
「何を言っている。相手をするのはそこの宗太郎だ。」
「何だと!?」
…え?
「えっ、俺ですか!?」
一体大将は何を言っているんだ?あの人と俺が立ち会うって言う事?そんなの無理に決まっているじゃないか!
「何を情け無い顔をしているのだ。いつもの稽古通りにやれば良い。」
「で、でも…」
そんな事を言われても、あんなおっかない人にいつもの通りだなんて…
「お前は本当はもう分かっているはずだ。お前にはもう相手の動きの端々から相手の力量が見えているはずなのだからな。」
覚悟が決まらぬままに大将にそう言われて向かい合わされる。
確かに大将はいつも「見るから始めよ。」って言うけれど…恐る恐る相手の事を見る。顔はおっかないし、体も腕も太いけれど背はそんなに高くないな。三太さん程じゃ無いけれど俺と比べてもそんなに高く無い。…そうか、大将や猛様みたいにこちらの届かない所から刀が出て来る訳じゃないのか。
動きはどうだった?…大将に突っかかった時はドシドシと歩いていた様な気がする。猛様は腕の良い者程音を立てずに動くって言ってた。確かに猛様なんて山の中を歩いていても余り音を立てない。あれには弥彦伯父さんも呆れていたっけ。それに比べてあの人は全然そんな感じはしなかった。むしろ村でああ言う歩き方をするのは鍛冶の茂平伯父さんだ。あの人は戦うのはからっきしだ。力量が見えるって言うのはそう言う事!?
少し落ち着いて木刀を構える。相手は構えない?あれが構えなのか?大将が教えてくれた構えの中にはあんなのは無かったよな?そもそも片手だし。それに力んでいるな。重心は?爪先の向きは?瞬時に色々な考えが頭を過る…真っ直ぐ突っ込んで来る。そう思った時に相手の膝が揺れた…
気が付いたら相手に切っ先を突き付けていた。相手の刀は俺が居た場所の地面を叩いている。
「良くやった。俺からは何も言う事が無い。」
呆然としていると大将がそう言ってくれた。
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