74・二年目
「明けましておめでとうございます。」
「「おめでとうございます。」」
俺の挨拶に続いて後ろに並んだ皆が柳泉和尚に頭を下げる。俺達が飯富村にやって来て二回目の正月だ。
「はい、おめでとうございます。昨年は悲しい事も有りましたが、良い事も多い年でした。今年も皆で少しでも良い事が多い年にして参りましょう。」
和尚もそれを受けてそう返答をする。
それが済んだら皆が楽しみにしている食事だ。最近では長屋で食事をしているのだが、皆が寝る前にちょっとずつ頑張ってくれたお陰で内壁が出来上がった。その為、全員が顔を合わせて飯を食べる事が出来無くなっていたので今日は久しぶりにお堂での食事だ。
米の飯に縁起物の勝栗と干し柿。猪肉の焼き物に大根の漬物。そして菜っ葉の入った汁物だ。残念ながら味噌は秋に久方ぶりに仕込んだばかりなので汁物は塩だけでの味付けだが、全体的に量もいつもより少し多く、皆楽しそうに食べている。去年の正月に比べても笑顔が増えている様に感じるのは希望的観測だろうか。
皆が思い思いに休みを過ごしている中、俺は一人お堂の裏に向かう。しかし、そこには既に先客が二人、しゃがみ込んで手を合わせていた。
「大将。」
振り返ったのは利吉と美代だ。目的は同じだった様だ。
「考える事は一緒だったかな。」
そう言うと二人の横にしゃがんで、目の前の小さな土の高まりに持ってきた干し柿を一つ供える。既に横には二人が持って来たのだろう柿と栗が供えてある。
静かに手を合わせていると、
「おや、出遅れてしまいましたか。」
そう言ってやって来たのは和尚だった。
「皆、考える事は同じでしたな。」
俺は少し苦笑しながら和尚が右手に持つ干し柿と墓に供えられた干し柿を交互に見る。
「その様ですな。」
和尚もそう言って笑いながら、柿を供えて手を合わせる。
「お二人共、ありがとうございます。あの子も干し柿が三つも貰えたと喜んでいると思います。」
手を合わせ終わると利吉がそう言って美代と一緒に頭を下げる。
「栗が一つしかないと怒るやもしれんな。」
俺がそんな言葉を返すと、
「かもしれません。」
美代がそう答え、一頻り笑った。
「あの…」
そこで利吉が表情を改め、
「美代に子が出来た様です。」
そう言った。
「真か!?」
思わず利吉の肩を掴み、そう迫る。
「は、はい、ここの所、月の物が来ないって言うんで菊婆さんに相談したら多分そうだろうって。婆さんが仁淳様にも見て貰おうって言い出しまして、仁淳様の所に行ったらまぁ間違い無いだろうと…」
少し腰が引けた様子で利吉はそう説明してくれる。
「そうか…そうか…」
まだ、平らなままに見える美代の腹を見つめながらそう呟く。他に言葉が出て来ない。気が付けば涙が溢れ、言葉が出ない。
「何とも目出度い事ですな。何とか無事に産まれて欲しいものです。」
黙ってしまった俺の言葉を引き継ぎ、和尚がそう言葉を続ける。
「そ、そうだ、安静にせねばならん!美代は冬の間は外仕事はいかんぞ!」
それを聞いた俺は慌ててそう告げる。
確か安定期とか言うのが有ったはずだが、当然前世でも二十歳前までしか生きていない俺がそんな事に詳しいはずもなく、取り敢えず寒い間に風邪でもひかれては大事だとそう命じる。
「そ、そんな、皆忙しいのに…」
美代は困惑した表情でそう言うが、
「いや、糸績みの仕事が山程有る。去年採った葛も藤も採ったっきりで全然仕事が進んでいないのだ。小枝も気を揉んでいたし、冬の間は暖かい場所で座り仕事をするのだ。良いな!竹細工用の竹割りだってあるぞ。そ、そうだ、皆に報せないと。」
そう言うと俺は慌ててお堂に向けて走りだし、そのまま村中を駆け回って皆にそれを報せて回った。
明けて正月二日、昨日は皆一日ゆっくり休んで英気を養ったので朝から張り切って仕事へ出て行った。俺は弟二人と和尚、それから宗太郎を伴って一度村の現状を確認する事にした。
庫裏に有る蔵の中身は把握出来ているので飛ばす。冬が明けて、代田から残りの蕎麦を運んで来れば夏までは食い繋げるはずだ。
丘を下って、長屋を正面に見ながら右へ曲がる。長屋は資材さえ揃えばどんどん増やしたいのだが、木材の伐採すらこれからだ。乾燥を考慮すると二棟目に着手出来るのはどんなに早くても秋の収穫後だろう。
長屋を過ぎると畑の手前に竪穴住居が三棟。手前から石灰置き場、飼い葉置き場、そして馬小屋だ。一番手前の石灰置き場はほとんど空だ。一年掛けて溜めた分を堰の築造に全て使ってしまったからだ。次は門の脇の土塁の上の竹の柵を三和土製の胸壁にしたいと目論んでいる。まぁ、それ以前に門を何とかしないといけないのだが、そちらは木材不足で手も足も出ないのだ。
二棟目の中身の飼い葉は冬もまだ始まったばかりなのでまだまだ潤沢だ。去年の経験から言っても春までは十分保つだろう。そして三棟目は馬小屋だ。相変わらず蒼風は石灰を毎日運び、牝馬達は雪の積もった草原に放たれている。雪が解ける頃には仔馬も産まれるだろうと八郎は言っていた。
馬小屋から道を挟んで逆側の梅崎(お堂の在る丘)の西の麓にはもう一軒の竪穴住居。ここは元々は茂平の家兼作業場で、今では茂平と千次郎の作業場となっている。すぐ裏手に設置されている材木置き場には先日伐採されて来たばかりの竹ばかりが並んでいる。その更に裏は子供達の仕事場である腐葉土置き場で、雪を被った蓋の下では彼等が頑張って集めてくれた落ち葉が発酵しながら春を待っている。
その先は視界が開けて畑が始まる。畑の外周近くには道を横切る形で昨年一年掛けて作った用水路の本流が流れ(尤も今は水門は閉じているが)、そこから下側は水田へと変わる予定だ。全てが田になれば田の面積は最初の三倍程になる予定だが、とてもではないが我が飯富村の労働力では一度で作業を終えるのは不可能だ。春の田植えまでになんとか二倍。そして来年の冬で三倍の広さを田に変えたい。これが最優先の仕事になる。
そして、用水路の外側は畑にする。今年、田に変えられない部分の畑はそのまま畑とし、水路の外は取り敢えず去年やって蕎麦の撒きっ放し用の畑にしよう。これは田植えの後だ。
川の西側も同様になる。その先は放牧地になっていて、これは今後も当分そのままの予定だ。その北の隅には佐吉と幸の炭焼小屋が有る。ここはある意味飯富村の基幹産業と言えるだろう。炭に石灰、果ては陶器まで生産しているのだから。現在は仁淳が必死に蒸留器を作っている。だが、薬師には中々荷が重いのか失敗の連続の様だ。そもそも形が複雑過ぎる…どこかに食い詰めた陶工は落ちていないものか。
その先、中狭間の向こうも開拓の余地が大きく残っている。だが、そちらに目を向ける余裕が出来るのは何年も先の事だろう。現状では例え開拓出来たとしても維持して行く人も足りない。当分あちらは石灰採掘と切端への行来に使うだけだ。
※※※※※※
なぜだか、投稿した話が下書きに戻ってた…なぜだ…ちゃんと投稿してpvも付いてるのに…
お陰様で本話で二百話目となりました。切り良く話も新年を迎え、今後に弾みが付くでしょうか。付くかな?付くかも?
兎も角、読者の皆様にはこれまでのご愛読に感謝申し上げます。これからも変わらず地道な話が続きますので気長にお付き合い頂ければ幸いです。
今回は状況の説明会、次回は地図を使っての開発状況と新たに付けた地名の紹介になる予定です。地図に時間が掛かるかもしれません。
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