44・改革の始まり

「ほ、本当に入れるんですかい?」

三太が皆を代表してと言った様子で恐る恐る俺に尋ねて来る。他の皆も多かれ少なかれ似た表情をしている。

「うん、これは大陸では一般的な方法だそうだ。とは言え、俺もやるのは始めて故に今年は半分だけとして残りは普通に浸種する。と言ってもこの村では直播きだった様だから、細かな事は祥智と三太が中心になって決めてくれ。」


 早春の襲撃から暫く経った。まだまだ朝晩は冷え込むが日陰の残雪が見られなくなってから暫く経った頃。

 俺が始めたのは塩水選な訳だが、当然ながら皆は見た事も聞いた事も無いその方法に不安なのだ。

「お、俺がですか!?だって水も違うし冷たいし…それに塩水に浸けた方は種籾が死んじまいませんか!?」

慌ててそう反論して来る三太。

「冷たいのはその分長く浸けれるなり水を日に当てて温めてから使うなりすれば良いはずだ。それに塩水に浸けるのは僅かな間だけだ。直ぐに水で洗い流してから水に浸けるから問題無い。」

と、思う。やった事まだ無いけど…

「とは言え、皆も不安だろうから川の向こうの田はそれで選んだ種籾で育てた苗を、川の手前の田は三太が今までやっていた方法で育てた苗を使うのだ。これなら少なくとも半分は心配なく育つだろうし秋に実りを比べる事も出来るからな。」

と自信満々な振りをしながら保険を掛けておく。何せ聞き齧りなのだ、一度で必ず成功すると断言出来る程俺も楽観的では居られない。多くの人の命が掛かっているからな。


 まず水を張った桶に種籾を投入。グルグルと棒で掻き混ぜていると沈む物と浮かぶ物に分かれる。この時点で浮かんでしまう種籾は論外なので除去する。これは経験則からこの時代でも一般的に苗を作る時にも行われているようで、三太も反対しなかった。

 ここに塩を投入して更に浮かんで来る種籾を取り除くのが塩水選だ。塩をどの位入れれば良いのか分からないので予め少量の種籾と塩を使って実験してみた。結果としては水五に対して塩一の割合が良さそうだ。それ以上濃くした所、残りの種籾が一斉に浮かんでしまったので恐らくそう間違ってはいないだろう。

「あぁ…」

塩の入った壺の中身を桶の中にぶちまけると、普段料理をしている女衆から悲しみの声が漏れる。

 心を鬼にして桶の中の水を再びグルグルと掻き混ぜて行くと沈んでいた種籾の中から少なくない量が浮かび上がる。

「ほぉ、確かに浮かんでくる物がございますな。」

横から興味深そうに覗いていた泉柳がそう言う。

「これも先程浮かんだ物と同様に良くない種籾だそうです。」

浮かんできた種籾を笊で掬い取りながらそう答える。


「よし、三太。残りを良く濯いで水に浸すんだ。」

「へ、へい。」

まだ釈然としない表情の三太が悪い物を洗い流すかの如く種籾を繰り返し濯いでいる。

「でも大将、あの広さの田にこの種籾の量じゃ全然足りないんじゃありませんかね?」

気が済むまで濯ぎを繰り返した三太がそう聞いてくる。流石に毎年米を作っている人間はすぐに気が付くな。

「うんまぁ、実際には塩水に浸けない分があるから、その倍はあるがな。実は植え方も変えるのだ。株と株の間を広く取って疎らに植える。」

「なんでまた…」

今度は三太だけでは無く田に関わる者全員が呆れた様な顔をする。

「これは俺が以前実際にやったから間違いの無い事なのだがな。そうすると実りが増えるのよ。」

「…」

疑惑の眼差しが無言と共に突き刺さる。

「そうだな、例えば一俵の米を一人で食べるのと二人で食べるのではどちらが肥えると思う?」

「そりゃ一人でしょう?」

三太の答えに周りの者もウンウンと頷く。

「稲もそれと同じ事なのだ。疎らに植えるとその分多くの肥やしがそれぞれの株に行き渡る様なのだ。」

そう言って周りを見渡せば成程といった表情の者と半信半疑の者、そしていまいち理解出来ていない者に分かれている感じか。

「でも、植える数が減った分だけ減ってしまうんじゃないですか?」

そう反論したのは宗太郎だ。良し良し、それでこそ算術を叩き込んでいる甲斐あるってもんだ。他にも数人が「確かに」と言った表情をしている。

「良い所に気が付いたな宗太郎。確かに、その考えは正しい。一株当たりの収穫量は増えるが植える数が減る分の収穫量は減る。」

「じゃあ…」

そう言い募る宗太郎を制して言葉を継ぐ。

「だが、俺が以前試した時はその分を差し引いても全体としての収穫は増えた。それに仮に相殺されて収穫量が同じだとしても使う種籾が減る分得だと思わんか?」

俺の言葉に何人かが頷く。実際に試したのは麦と蕎麦だが黙っておこう。

「それに疎らに植えるともう一つ良い点がある。草引きが大幅に楽になるぞ。その為の道具も茂平に作って貰う予定だ。期待しておいてくれ。」

草引きが楽になると言う話には皆の顔が明るくなる。正直百姓仕事とは草引きと見つけたりと言いたくなる位にこの国は草が生えるのだ…

「良し、では種籾については待つだけだ。それぞれ元の仕事に戻ってくれ。」

そう俺が号令を掛けると皆が仕事に戻って行く。


「智。」

そんな彼等の背中を眺めながら、祥智に声を掛ける。

「何です?」

「田植えが終わったら塩買って来てくれ。」

「…分かりました。」

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