2・若鷹丸

 目を開けると板張りの天井が広がっている…

「知らない天井だ…」

…ゴメンナサイ…お約束かと思って…言ってみたかったんです…

 案の定というかなんというか床に直に寝かされている。体には着物が掛けられているがあちこち痛い…開け放たれた廊下からは大分低く傾いた陽の光が差し込んでいる。果たして夕日か朝日か、一体どの位寝ていたのやら…


「おや若鷹丸様、お目覚めですか?間もなく御夕飯でございますよ。今日はお父上の御祝言ですから御馳走でございますよ。」

廊下から声が掛けられる。そこには先程、母と名乗った女性とは違う女性が立っていた。

 傾いた陽の光は夕日であったか、ではそう長いこと寝ていた訳ではなさそうだ。女性はオバサンと言うと怒られそうな年齢だ。地味な色合いの着物を着ている。あれかな?侍女ってやつかな??


 とりあえず、今の話から察するに俺の?名前は若鷹丸。今日は父の祝言、つまり結婚式でさっきの母と名乗った女性は父の後妻ということになりそうだ。ということは本当の母親は既に他界しているのか?等と類推していると唐突に猛烈な寂しさが襲い掛かって来る。これは、本当の若鷹丸の感情か…


「ははは…?」

寂しさに負けて侍女に問い掛ける。

「もう、母上様とわかっておいでですか。お父上もお母上も広間でお待ちですよ。さ、参りましょう。」

侍女に手を引かれて廊下を歩いて行く。


「若様をお連れしました。」

広間の前の廊下に正座した侍女が室内に声をかけると、ザワついた室内が少し静かになった。

柱の陰からそっと顔だけ出して部屋を覗き込んだ俺は

「…はは?」

と、室内に問い掛ける。


「若鷹丸殿、こちらへおいでなさい。」

奥から母になった人が声を掛けてくれる。

その顔を見て声を聞いた途端に吹き荒れていた寂寥感はどこかへ吹き飛んで行く。

「はは〜♪」

人の多い広間を駆け抜け母の元に駆け寄る。

「若様はさっそく涼様に懐かれましたな。」

「真に、あれだけ美しい母上なら某も代わって欲しいくらいですな。」

ワハハハハ!と後ろから笑い声が上がるがそれどころではない。


 駆け寄った俺は迷わず母の膝の上に座った。

「あらあら♪」

「若鷹丸はすっかり母に夢中だな。此の父の膝には座ってくれぬのか?」

隣から声をかけて来たのは先程の青年である。この青年が父であるようだ。日に焼けた精悍な顔立ちと言えるだろう。

「…ちち?」

「なんだ、母に夢中で父の顔は忘れてしまったのか?」

ワハハハハ!また広間に笑い声が広がる。


「さぁ若鷹丸殿、お腹が空いたでしょう。ご飯にしましょうね。」

「そうだな、では皆の衆今宵は祝の席じゃ。パーっとやろうではないか!」

「「「応っ」」」

俺が父母の横に座らされると、次々と広間に膳が運び込まれて来る。

 膳の上には茶碗に盛られた飯や汁物、後は川魚っぽい魚の焼物や野菜の煮物等、様々な物が並んでいる。時代を考えれば間違いなく大御馳走であろう。


 途端に空腹を覚えた俺は箸に手を伸ばす…あれ…箸が…上手く持てないんだが…

「若様には御箸はまだ難しゅうございますよ。今食べさせて差し上げますから御箸を渡してくださいませ。」

いつの間にか隣に来ていた侍女に箸を取られてしまった…これは衆人環視の中あ~んさせられる流れの予感…


「はい、若様どうぞ。」

案の定、侍女が箸で飯を摘んで口元に運んで来た…止む終えまい…背に腹は代えられぬのだ…

「あ~ん」

雛鳥の様に口を開ける。こちとら幼児なのだ、気にしてはいけない。自分に言い聞かせる。

ふむ、玄米だな。食べ慣れないはずだが味覚というか感覚はこの体の経験に因るのか違和感なく食べられる。

次から次へと食べては口を開ける。むしろ、雛鳥のような可愛らしさを推して行くべきか?


「はい、若様のお好きな栗ですよ。」

皮の剥かれた栗が口に入れられる。栗を茹でたか蒸したかして、火を通しただけの物だが、もう一人の若鷹丸のテンションが爆上がりしている。なる程、確かに好物らしい。


「あら、若鷹丸殿は栗がお好きなのですね。では、私の分も差し上げましょう。」

隣から母が声を掛けてくる。やはり箸を口元に運んでくるので有り難く雛になる。

「まぁ♪」

母は相好を崩す。そしてその向こうでは父が不満そうだ。

「若鷹丸よ、父にはそのように愛想良くしてくれたことはないではないか。」


 これは好物の栗を更に食べるチャンスだ。すかさず父の横に行き雛になる。

「あ~ん」

満足そうな顔の父が栗を差し出す。

作戦通りだ、パクりと栗を頂く。満面の笑みを返してサービスしておく。

と、そこへ更に声が掛かった。


「若鷹丸よ、儂の栗もやろう。こちらへ参れ。」

声の方に目をやると壮年の男性の姿が。しかし、先程の父と一緒にいた人物ではない。

…誰だ?

不審が顔に出ていたのだろう。男性は言を続ける。

「儂は其方の母の父、お主の御爺じゃ。」

「…じじ?」

「そうじゃ、ほれ、此方へ参れ。」

箸で栗を持ち上げ俺を呼ぶ自称御爺。いや、実際本当に祖父になるんだろうけど。年の頃としては40前後であろう。この年で祖父…まぁ、この時代としては普通のことなのであろう。


 何はともあれ、有り難く頂戴することにする。またも移動して雛になる。

「あ~ん」

栗を頬張る俺の頭を大きな手で撫でながら御爺が父に声を掛ける。

「広泰殿、若鷹丸は癇癪が激しいと聞いていたが素直で可愛らしい子ではないか。」

「は…なにやら涼殿に引き合わせてから突然人が変わったようでして…」

「ふむ、母が居らぬ寂しさが響いておったのかのぅ?」

「やもしれませぬ、我々も如何とも仕様が無く手を焼いていたのですが。」

「さすれば、此れからは落ち着こう。のう、若鷹丸よ。」

またも大きな手で俺の頭を撫でながら御爺が言う。

ニパっと笑顔を返すとお爺も嬉しそうに笑う。


 ふむ、当面は愛想振り撒き甘えん坊作戦で情報収集をすることにしよう。それから目立たぬ程度で食住環境の改善を図りたい。特にタンパク質の確保と冬場の睡眠環境の改善は急務だな。等と今後の方針を考えながら残りの膳も食べさせて貰っていたらまたもや睡魔が…幼児はすぐに眠くなるのである。

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