2.土手

鈴木さんは、「何でもするゾウ」へ向かっていた。

ジャックを迎えに来る途中、行方不明になった。

鈴木さんは、七十八歳と高齢だが、頭も身体も、しっかりしている。

自動車免許も持っている。

しかし、高齢ドライバーの事故が頻発している報道を受けて、移動は、徒歩と決めている。

普通に歩けば、四十分程度で到着する。


寺井社長が、鈴木さん捜査の陣頭指揮を執る。

西野さんが、龍治を車に乗せて、鈴木さんの自宅へ向かった。

龍治は、鈴木さんの自宅から、「何でもするゾウ」まで、歩いて探す。

西野さんは、龍治を鈴木さんの自宅へ送り届けると、会社へ戻る。

会社から鈴木さんの自宅まで歩いて探す。


弘は、と云うと。

ジャックの散歩を仰せつかった。

弘は、ジャックの午前の散歩を担当している。

龍治が午後の散歩を担当している。

今は、午後四時半頃。

だから、弘は、本来、龍治が散歩を担当するべきだと主張した。

しかし、ジャックを預かるという依頼は、午前中までになっている。

これは、仕事では無い。

善意、いや、人間として当然の意志で、鈴木さんを探すのだ。

と反論された。


仕方ない。

弘は、今朝も歩いた土手道をジャックに連れられて散歩している。


中古川二号橋に差し掛かった時、ジャックが反応した。

二号橋を越えた土手の草叢の一部が削られたように、無くなっている。


二号橋から中新川まての土手には、蔦が茂っている。

雑草や躑躅にまで蔓を巻き、生茂っている。

今朝通った時も、橋以外は、切れ目無く生茂っていた。


ジャックが、草叢の削れた土手へ、弘を引っ張って行く。


ジャックが吠える。

他の犬と遭っても吠える事はない。

ああっ!

弘は、土手の草叢まで引き摺られた。

ジャックは、土手から川へ降りようとした。

リードを延すと、ジャックは、川へ降りた。

川と云っても、水量は少ない。

川上から運ばれた土砂で、広く洲が出来ている。

洲には、芒などの雑草が生えている。

弘は、辛うじて、川へ落ちずに済んだ。

川を覗くと人が倒れている。

ジャックのリードをいつぱいに延ばし、躑躅の枝に巻き付けた。

急いで、弘も川の洲へ飛び降りた。

すぐに、鈴木さんだと分かった。


弘は、救急車を呼び、警察に通報した。

寺井社長にも連絡した。


頭から首まで濡れている。

鈴木さんに、呼び掛けながら、脈を測った。

脈は、無かった。

ジャックの尾は垂れている。

心配そうに、鈴木さんの側で、伏せをしている。


体温は、まだ少し、あるように思った。

ただ、暑い夏の午後だから。

鈴木さんは、死んでいると思う。


土手を見上げると、蔦の削られた所が見える。

あそこから落ちたのか。

それにしても、蔦の削れから、四メートル程、川下に倒れている。

落ちて、暫くは、息があったのか。

落下したとしても、二メートル弱。

高齢者とはいえ、至って元気だ。

あそこから、落下したとしても、怪我くらいはするかもしれないが、意識を失う事は、考えられない。


それなら、誰かに、突き落とされた。

誰かが、後を追って、川に入った。

そして、鈴木さんの頭を押さえて川の水で溺死させた。

死因は、分からない。

後は、警察に任せるしかない。


それにしても、何故、「何でもするゾウ」を通り越して、この中古川の土手へ来たのか。


警察官が二人ミニパトで到着した。

名前を聞かれた。

弘は、聴取を受けて、状況を説明した。


そして、救急車が到着した。

救急隊員が、弘と同じように呼び掛けながら、脈を測った。

救急隊員は、病院だろうか、どこかと連絡を取っている。

そうこうしているうちに、パトカーが数台到着した。

林刑事と三好刑事がパトカーから降りて来た。


「第一発見です」

警察官が、林刑事に弘を指差した。

「ご苦労さまです。第一発見者の秋山です」

弘は、林刑事と三好刑事に挨拶した。

「知っとるわ」

三好刑事が呟いた。

林刑事は、弘を見て、小さく頷いた。

それが、林刑事の挨拶だ。


林刑事は、弘と高校時代の同級生だ。

弘は、何度か、事件の捜査に協力している。

三好刑事も、以前、殺人事件の捜査に協力した事がある。

当時、三好刑事は、栗林南署だった。

今は、北署の刑事課だ。


弘は、土手へ追い出された。

暫くして、龍治と西野さんが駆け付けた。

徒歩で、ここまで来たそうだ。

ジャックの散歩の時は、当然、徒歩だから、驚く事ではない。

寺井社長が、鈴木さんの娘さんを車に乗せて、駆け付けた。

いつの間にか、脚立が土手から川の洲に架かっていた。

鈴木さんの娘さんが、土手を降りて行った。


弘は、倒れた鈴木さんから目を外らせた。蔦の茂みを見ている。


三好刑事が土手へ上がって来た。

三好刑事が状況を説明した。

詳しい事は、分からないが、鑑識課の見方では、死後三時間は経っているだろう。

ほぼ、溺死と思われる。

争ったような形跡は無い。

土手から落ちた場所から、水辺迄、移動している。


そして、関係者以外の足跡がある。

だから、殺人事件だ。という見立だ。


事情聴取が始まった。

弘は、事情を説明した。

三好刑事から、鈴木さんが、どうして、この土手へ来たのか尋ねられた。

そうだ。それが分からない。

いつもなら、事務所へ来る筈だ。


分からないと答えると、トラブルが無かったかと尋ねられた。

何度か、首輪が外れて、迷惑を掛けた事があるそうだ。と伝えた。

何ら、得る情報は、無いと思う。


蔦の生茂った土手道は、パトカーでいっぱいになった。

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