第2話
アカン、一度気にしだすと止まらへん。
結婚なんて無理にするもんチャウかもしれないけど。
実は母親から
ウチも結構ピンチなんや。
初めこそ「もしかすると、プロポーズで彼から こんなこと言われちゃったりして!」なんてオカンの妄想混じり長文を携帯に送りつけてきたのが、今では「まだなの?」のたった四文字になってるやんけ。オカンのテンション、ダダ下がり過ぎやろ!
このままやと「もう別な人と見合いしたらどう?」ぐらいの提案をされかねん。
放置したらヤバい。ウチのカンが全力でそう告げているやんけ。
ウチは……どないしたら良いんや?
仕事からの帰宅時。
悩みながらマンションの集合ポストをウチが明けた時や。
こぼれ落ちた一枚のチラシが目に入った。
なになに?
大阪寿司の専門店「箱や」三割引セール開催中。
うん? これは、場所もそう遠くないな。
それに、この「箱や」って名前は聞き覚えあるわ。
確か学生時代、仲のええ奴がそこで働いとって……何度か冷かしに行ったような。
ふーん、大阪の店が東京に進出してきたんか?
ものは試しとその友人に電話をしてみたら、驚くべき事実がわかった。
なんとチラシの店は、ドンピシャでダチの店。
寿司職人の修行を一通り終え、支店のツケ場を任されたそうや。
そりゃ、おめでとうさん。水臭いで、はよ教えてーな。
懐かしい話で盛り上がった後、電話を切ったウチの脳裏に天啓が舞い降りてきたんや。ピッカーンとね。
コレや! 閃いちゃったね、百点満点。
まず達ちゃんと二人で大阪の寿司を食べに行く。
食い倒れの街には美味い物が沢山あることをじっくりアピールして……達ちゃんが行きたそうな素振りを見せた所で「待ってました!」とばかりに強烈なカウンター。
「はな、いっぺん行ってみようか。ウチの両親に
カンペキや。一部の隙もない完全なる一本釣り。
ワンパンでKO間違いなし。逃げ場なんてどこにもあらへんわ。
ああ、見えるで。
高層ビルの展望台レストランで告白を受けるウチの姿が。
パート仲間の島崎ちゃんは、テーマパークのホテルでプロポーズされた言うとったもんな。それもスターライトパレードが拝めるバルコニー席という、なんとも極まった環境で!(大輪の花火付き)
やっぱりそういうシチュエーションだと景色の良い眺めは欠かせへんと思うわ。
え? どうしてかって? そりゃアンタ……どうしてやろ?
うーん、自分は今、人生の高みに居ますって演出やろか。
人生クライマックス! うふふ、素敵やん。まぁ、あんまり妄想しすぎると、興奮してまた熱出そうなのでこの辺にしとくか。
結婚後の人生はないんかって話になるもん。
よしよし、善は急げや。早速、攻めるでぇ。
大阪の女は告白されるのをジッと待っていたりはしないんや。
求婚は、させるモンなんや! 多分、きっと、メイビー!
さてさてさて、そんなワケでやって来ました「箱や」さん。
細工は流々仕上げを御覧じろって所やね、ククク。
達ちゃん、君はもう網にかかった魚なんだわ。
いよいよ年貢の納め時やで、覚悟しときや。
ウチの格好はタートルネックの縦セーターにジーンズ。
チャームポイントのポニーテールは、いつもより大人っぽさを出す為に結び目を下にしたローポニーで決まりや。髪留めもお高いブランドの奴やし、ゆるふわで可愛いやろ?
達ちゃんはブラウンのジャケットに黒のシャツ。薄茶色のスラックスで地味ながらもどことなくダンディな感じや。センター分けのカルマパーマがお洒落で、柳のような眉が外国の俳優さんみたいなんやわ。肩で風を切る姿、ウットリくるでぇ。
精一杯のおめかしをして、散歩がてらに来たのは近所の七曲り商店街。
何代も続いていそうな個人経営の商店ばかりが集まったアーケード街で、近くに地下鉄の駅やイベント用の野外ステージがあるせいか、なかなかに賑わっとる。
その端っこで遠慮がちに店を構えているのが
時刻はもうすぐ夕方。冬も終わり、温かい風が落ち葉の
そやけど、セール中の割にはあんまり賑わっておらんような?
まぁ、いいか。ウチ等が盛り上げれば事足りるやろ。
ちわーっす! おるか? ウチやで!
カウンターで働く小太りの五分刈り男が、ウチを目にするなり飛んできおった。
「あっ、奈々子さん。それに彼氏さんも、お待ちしていました」
「そないシャチホコばらんでええよ。知らん仲でもないんやから。達ちゃん、こちらが親方の中山くん。大阪時代のトモダチや」
「初めまして、小杉達也です。まだ若いのに新店を任されるなんて、凄いですね」
「いやぁ、親方だなんて、そんな。東京の店でウチの味が通用するか判らないし。立場が弱い後輩の自分におしつけられただけっスよ。兄弟子たちは地元を離れるのが嫌みたいで」
「それでも引き受けてやり遂げるのは立派なモンや。昔からそう、大人しそうな顔してクソ度胸あったモンな」
「ク、クソは余計っスよ。奈々子さんも『難波の紅サソリ』と恐れられた女傑の割には、真面目そうな彼氏を捕まえたんですね」
「やーめんか、笑えん冗談は。バイクとオイタはもう止めたんやから」
「失礼しました。カウンター席で良いですね。それではメニューをどうぞ」
「回ってない寿司屋にメニュー? 珍しいな」
「東京の方には判り難いかと思って、写真入りのメニューを用意しました」
「やる! その気遣いが成功する秘訣やね」
ウチ等は白木のカウンターに腰を下ろし、メニューを開く。
そこには江戸前の握り寿司とはまったく違う商品の数々があったんや。
勤め先が食品加工会社の達ちゃんでも、ここまで本格的な大阪寿司は初めてやろ?
案の定、目を丸くしおった。
「へえ、これが本場の大阪寿司なんだ」
「せやで。大阪で寿司と言えば『押し寿司』の一種、箱寿司を指すんや」
「押し寿司か。それなら聞いたことがあるよ。木枠に酢飯とネタを詰め込んで、上からフタで押し固める奴だね。でも箱寿司というのは?」
「普通の押し寿司は長方形の小さい押し型を使うもんやけど。箱寿司はそれより大きめの正方形のカタを使うんや。完成品やカタが箱のような形をしとるから箱寿司。この店の名前にある箱ってのもそこからきとるんやで」
そこへ中山くんがさり気無くウチの解説に補足を入れてくる。
手を動かしながら私語もこなせるのは、一流の証しや。
「他にも『箱すし』独自の特徴として、ホールケーキのように、二段重ねとなっている点もあげられるっス。一番上の段を『上置き』と言い、見た目のデコレーションも工夫されているんですよ。シイタケやカンピョウ、ノリを間に挟みつつ、シャリとネタの層を最高で四段まで重ねられるんですから。使うネタもタイやエビ、穴子なんかの高級魚で、お客様にこれを出すのが大阪では最高のもてなしとされています」
「へぇ、本当にケーキみたい。そういえばショートケーキみたいに完成品を切り分けて皿に並べる所も似ているね」
「その方が一口サイズで食べやすいからなぁ。切り分けた押し寿司を弁当箱に詰めたりすると、色彩の華やかさが芸術品みたいで、なんだか食べるのが勿体ないくらいなんや。エモいやろ」
「高級な箱寿司のみならず、当店では庶民的な押し寿司であるバッテラや、アジ寿司も置いていますよ。是非とも大阪の味を楽しんで欲しいっス」
バッテラというのは長方形のカタを使う押し寿司で、酢飯の上に薄く切ったシメ鯖と昆布を敷き詰めて押し固めたものやね。こちらも一口サイズに切り分けるから大きさは江戸前の握り寿司くらい。そやけど測ったように綺麗な四角形で角の丸っこさはまったくないんや。そこら辺がサバの棒寿司とは違う点やな。
なんでもポルトガル語で「小舟」を意味するバッテーラが由来なんやて。
まぁ、御託はこれぐらいにして。
美味しそうな写真だけ見せられて、いつまでも「お預け」はしんどすぎるわ。
「ほな、堪能させてもらおうか」
注文した箱寿司を頂こうとした正にその時や。
「べらんめぇー! こんなモン寿司じゃねぇや。ここ東京で寿司と言えば、当然! 江戸前寿司に決まっているだろうが! てんでわかっちゃいねぇ」
え? なになに?
座敷席から響くけたたましい騒音、ウチは思わず箸でつまんだ寿司を落としてしもうたわ。座敷に先客が居たのは感じていたけど、ガラの悪いやっちゃなぁ。
ツケ場の中山くんも困り顔やないの。
「すいません。近頃いつもこうなんです。店内がガラガラなのもそのせいっス」
「なんや、あのやかましい連中。いったい何者や?」
「江戸っ子育英会を名乗る連中っス。何でも同じ商店街の『海帝寿司』を
「くわー、ケツの穴の小さい奴っちゃ! コッチが大阪寿司専門店だから、ますます癪に障るというわけやな。江戸っ子が聞いて呆れるわ」
関西人と江戸っ子は昔から犬猿の仲と決まってる、宿命の敵と言っても良いくらいや。まったく! 大阪や京都を中心とする「上方」が、何年前から日本文化の中心やと思っているんや、無礼な東京モンめ。つい最近首都になったからってデカい顔せんで欲しいわ。
達ちゃんも東京生まれやから、なるべく この話はせんようにしとったけど。
流石に大阪の伝統をバカにされたらカチンとくるで。
江戸っ子どもの愚弄は尚も止まらへん。
「だいたい、大阪寿司ってのはコリャなんだい? やたら酢飯が甘くてネタとのバランスが取れていねぇよ。この違いが判らないようでは通じゃねえ。こっちのシンコと食べ比べてみろってんだ。甘くなし、クドくなしで粋な味とくらぁ」
な、なに言ってんの? 食べ比べ?
そもそもなんで大阪寿司の店にシンコの握り寿司があるんや?
聞けば、奴らは信じがたいことに『海帝寿司』からワザワザ出前をとって他所の寿司桶を店内へ持ち込んでいるらしい。道理も、仁義も、へったくれもないな!
せ、せやけど……ウチ等にとって今は大切な時期やから。
人生のクライマックスを迎えようという絶頂期にトラブルを起こすワケには……。
幾ら友達の店かて、今日だけはしんぼうや。我慢せんと。
「あんなの」とは関わらんでいいから、達ちゃんが「食い倒れの街大阪」へ行きたがるよう誘導するんや。そこからウチの計画が……。
「ソースの味に飼い慣らされてる大阪の人間は、野暮だ。野暮の極みだねぇ。タコ焼きしか知らねえんだ、味覚音痴の野蛮人は」
我慢……出来るかー! ボケェ!
人の計画、邪魔しくさりおって!
オンドリャー、いい度胸しとるのう、覚悟せいや!
「なぁーに調子にのって滅茶苦茶ぬかしとんねん。ケツから手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろうかい、ワレ」
今更「ことなかれ主義」で誤魔化さんでも達ちゃんはウチの性格ぐらい知っとるわ。共に過ごした一年の歳月を甘くみたらアカンで。
あれ、達ちゃん? なんか、お茶ふきだして真っ青になってた気もするけど。
まぁ、ええわ。ウチの旦那になりたきゃ~はよ、腹くくってや。
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