大阪女とココロ押し寿司

一矢射的

第1話



 ― 望月奈々子の事情 ―


 なんでやろうなぁ。

 最近のウチはカレンダーの日付を見て溜息ばかりついとる。

 ちゃうねん、別に早めの五月病ってワケじゃなんやけど。


 その、あのな、言ってもええかな?


 ウチと達ちゃんの同棲どうせい生活について。


 ウチと達也は親が勝手に決めた許嫁同士。

 それもつい最近までその事実を知らんかったオマケつき。

(ウチのオカンの事だから、その場のノリや勢いで決めたんやないかと思うわ)


 まぁ、よくあるアレや。

 血筋が良いモン同士なら、天才児が生まれるんじゃないかって思い込み?

 過去の栄光を懐かしむ没落名家同士の悪あがきみたいなモンや。

 昔は天皇陛下御用達の料理人を輩出した程の家系やったらしいけど。

 それをウチや、生まれてもおらん子どもにまで期待するのはちょっとなぁ……荷ィ重いわ。


 そんな赤の他人カップル、いきなり結婚しても上手くいかんかもしれんから。

 まずは一年間、お試し期間という事で。一つ屋根の下、男女で苦楽を共にしてみよう……というのがこれまでのアラスジ。

 まったくもう、失礼しちゃうわ。ウチは訪問セールスのサンプル品ちゃうで。


 今の時代に家柄とか政略結婚とか、ホンマあほくさ。

 料理人・職人の世界は古いシキタリに縛られているモンやけど、そういう家系に生まれ落ちると、周りの空気が少し息苦しく感じる時があるのも確かやね。


 初めは渋々承諾したんやけど。

 東京モンとの共同生活も、思っていたほどに悪くはなかった。

 達ちゃんはウチを大切にしてくれるし、頼りなさそうに見えてもやる時はやる男やさかい。じっくり一年かけて上々の関係を築けたつもりや。

 ほんならその先を考えるべきやろ?


 最初に言うたよな?

 あんじょう仲良く出来るなら結婚して籍を入れてみんか……って。

 そういう約束やったよな? ウチの勘違いじゃないよな?


 ウチは携帯を取り出し、親や友達に送信したメッセージの日付を確かめてみる。

 引っ越しが済んだ当日の物や。


 やっぱり。


 あのなぁ……。

 もう、約束の一年なんかとっくに過ぎてるやんけ!! あほんだらーー!!

 日常系ギャグ漫画の特殊ループ時空ちゃうで!

 永遠の小学五年生にでもなったつもりか?

 知らんのなら教えたる。

 ウチ等はなぁ、漫画のキャラと違って、日々歳をとっているんじゃーー! 

 するならする、早い方が良いに決まってるやろがぁ!

 この唐変木のドテカボチャがぁ!


 いや、ドテカボチャは言い過ぎた、カンニンな。


 余り強く出たら、返事を聞く前にドン引きされてしまうかもしれんし。

 もうちょっとソフトな感じで、さりげなく聞かんと……。


 ああああ、もう達ちゃんが帰ってくる時間や!

 今日こそ、今日こそ、ちゃんと言わな。

 いつまでも先延ばしにして、大丈夫な問題ちゃうやろ。

 しっかりするんや、望月奈々子。大阪娘の名が泣くっちゅーねん。


 シュミレーションは充分や、いざ!

 あれ、シミュレーションだったか? どうでもいいわ!






 ― 小杉達也の事情 ―



 いったい何時からだろう。

 自宅のドアを目にしただけで胸が締め付けられるようになったのは。

 ドラマや映画の告白シーンを見直して、自分なりの台詞を練ってみたけれど。

 いざ練習でそれを口にしてみたら、あまりの噓臭さに笑ってしまった。

 他所からの借り物なんだから、それも当たり前か。


 とりあえず婚約指輪を用意して。ええっと、それから……。

 止めよう。一番必要なのは物ではなく覚悟だって、本当は判っている。僕を阻むのはいつも閉ざされた自宅の扉。そこを開き、自分が何をすべきか考えただけで震えがくるんだから、まったくもう。


 ここまで意気地なしなのか、僕は。

 大人になれないピーターパンなのか。


 結婚? この僕が?

 彼女を幸せにしてあげるの? 一生をかけて? そんなこと、やれるのか?


 しっかりしろよ、小杉達也。

 もう二日も過ぎているぞ。

 彼女のことだから、おくびにも出さないが気付いている、絶対に。


 言い訳させてもらうなら、当日に彼女が熱を出して寝込んだものから。

 看病している間に何となくリミットが過ぎてしまった、それだけなのだけど。


 外したタイミングは、考え直す猶予と「怖れ」を僕に押し付けやがった。

 待てよ、もしや、もしかすると……ほんの少し早まり過ぎなのでは。

 根拠なき不安が僕を締め付ける。

 恋人同士の「好き」と結婚相手の「愛」はまるで違うのかもしれない。




『結婚? アンタと? 冗談きついわ。そかそか、もう一年過ぎてたんやな。両親への義理もこれで果たせたし。ほら、これでサイナラにしようか』



 もしも、そんな風に断られでもしたら。

 彼女が大阪に帰ってしまったら。

 僕はいったいどうなってしまうのだろう?

 独り暮らしの静けさは、きっと僕の心を打ち砕いてしまうに違いない。


 その可能性はある。僕たちは名家のしがらみを嫌がって自由をもとめた者同士だから。小杉や望月の料亭を継いでくれと言われても、僕だって正直困る。

 これまで平凡なサラリーマンとしてこれまで生きてきたのに。

 だから、もう少しこのまま。仮初の同棲を続けても……。


 ふざけろ。

 自信や矜持きょうじの欠片もないのか、僕は。


 ええい、駄目だ。いつまでも煮え切らないままでいられるか。

 このまま無為に時間が過ぎれば過ぎる程、成功率は下がり続けていくんだぞ。


 覚悟を決めて言うんだ。

 今度の日曜日、外食にしないって。

 それだけで何もかも全てが通じるはず。


 言え。今日こそが、その日なんだ。

 僕たちの人生を変える日。

 僕は意を決して玄関のドアを開く。




 ガチャリ。



「お疲れさーん。今日も一日大変やったな。お風呂なら沸いとるで。ご飯も出来てる。それとも、ひょっとして……もしかするとウチか? なんちゃって」

「……」

「なんや、ウチの顔になんか付いてるか? ツッコミはどないしたん?」

「い、いや、何でもないよ。全部だ、全部。三つともぉ、寄越ぉーせぇー」

「アホォ! つまらんわ、風呂ぐらい一人で入らんか」

「はーい、とりあえず汗を流してくるよ。せっかく会えたのに、また暫しの別れだね。悲しいよォ」

「さよか(無視)ほなビール用意しとくな」



 ウチは。

 僕は。


 いったい何をしている? 

 何してるんや?


 違うだろ、この茶番は。


 そしてまた、今日も仮契約の共同生活が終わる。

 これにて、一年と三日目に突入。


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