七つの首

『ずいぶんと仲間を集めたもんだな。その人望も気に入らねぇ』


 大蛇は七つの首で七柱の神をそれぞれに迎え撃つ。戦術的にはお互いに一つを集中攻撃して撃破する方が良いのだが、この状況ではどうにもならない。お互いが、お互いを、それぞれに一対一で倒すしかないのだ。それはつまり、最初に脱落者を出した方が圧倒的に不利な状況になるということでもある。


「心配いらないわよ、首一つごときに後れを取るようなヤワな神はいないでしょ」


 天照がそう言って自分の目の前にいる角のない龍の首に噛みつく。


『フン、犬っころがいい気になってんなよ』


 角のない龍の首は、その表面に雷をまとい、天照の牙を弾いた。そう簡単に倒せるような相手ではないな。


「これでどうじゃ」


 稲荷が御幣を目の前にいる角二本の首へむけると、炎が勢いよく噴き出した。それに対して龍の首は口から白く輝く息を吐き出す。あれは冷気だ。温度が低すぎて空気中の水分が瞬時に凍結しているのだ。炎と冷気がぶつかると、ジュウウと激しい音がしてその場で水蒸気が巻き上がる。両者の力は拮抗しているようだ。


『てめえは見た目がキモいんだよ!』


 真っ直ぐな角が一本ある首が両面宿儺に角を突き出す。身体を串刺しにしようというのだろう。見た目を揶揄されているが、両面宿儺は女物の着物を着ているだけの精悍な男性だ。その程度で悪く言われる筋合いはないだろう。


「甘いわぁっ!」


 気合と共に角を両手で受け止め、その場で力比べの状態になった両面宿儺と首もまた、その場で膠着状態になった。


「鬼の力を見んさい!」


 星熊童子がねじれた角を持つ首を拳で殴りつける。


『いてえな! 通りすがりの鬼はひっこんでろ!』


 ねじれた角から放たれた雷が星熊を襲うが、それも拳で弾いた。なんだこの鬼、予想以上に強いぞ。いや、良いことなんだが。


「はっはっはあ! 久しぶりの実戦だで、血がたぎるわい!」


 頼もしいが、なんだか素直に応援できない。ともあれ、星熊が押している。


「さっきはよくもやってくれたわね」


 玉藻が身体に炎をまとって三本角の首に凄む。地上で捕まっていたことを言っているようだ。捕まえていたのは別の首だが。


『それはこっちの台詞だ。人気だなんだと言っていたが、巫を得た俺に概念体であるマレビトが敵うものか』


 大蛇の言葉は概ね正しい。現在の状況を見ても、七つの首一本一本が主神級のマレビトと互角の力を見せている。単純に七倍程度は力の差があるということになるわけだ。だが、数の利がこちらにある以上、互角であるなら我々の勝利は時間の問題だ。


『へっ、またお遊びで大人の邪魔をしてるのかい? お子ちゃまは家に帰ってゲームでもしてろよ』


 鳥のようなくちばしを持つ頭がアリスを馬鹿にするような声をかけている。また精神攻撃を始めようとしているのだろう。だがアリスは不敵な笑みを浮かべた。


「わかってないなあ、お兄ちゃんと一緒にいる時のアリスは無敵だよっ」


 そう言って両手を前に突き出す。彼女が戦う姿は見たことがないが、どうするつもりか……と思ったら、その両手からピンク色の怪しい光が放出された。


『なっなんだこの光は……ぎゃああああ!』


 光を浴びた鳥首が悲鳴を上げる。どうやらお得意のテレパシーを利用して何らかの心象風景を見せているようだ。精神攻撃のお返しと言ったとこだろうか。この戦いはアリスが一方的に押している。


 これで他の六ヶ所の戦いは全て互角かこちら側の優勢だ。このままなら大蛇退治は果たせるだろう。


……私が目の前の首にやられなければ。


『盛り上がってきたなぁ、河伯』


 目の前にいる、蛇そのものの姿をした首が私に話しかけてくる。間違いない、これが〝本体〟だ。


 七つの首がそれぞれに考え喋るとはいえ、こいつは一柱の神なのだ。だから全ての首を束ねる司令塔となる首がなくてはならない。そうでなければまともに動くことすらできないからだ。


「どうあがいても、お前は『大蛇』なんだな。話は終わったと言ったぞ。さっさと決着をつけよう」


 私は一瞬、七つの首の根元部分にいる明連の姿を見た。急いで倒さなければ彼女が危ういという思いが、自分の目を彼女に向けさせてしまったのだ。


『じゃあ死ねよ』


 その一瞬の隙を見逃さなかったのか、蛇は素早く私の身体に巻き付いてくる。同時に黒い霧のようなものを吹きつけてきた。これは毒だ!


 避けようと身をよじるが、蛇のスピードは私の想像を遥かに超えていた。やはり、神通力を均等に分散させてはいなかったか。明らかにこの首だけ、強い!


「河伯!」


 避けきれず蛇に巻き付かれ、身体の自由を奪われた私の耳に、再び明連の悲痛な叫びが届いた。

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