選んだ道
「ハーレムは作らない」
やはり、私はそういうものを求めてはいない。
「そっか……しょうがないね」
玉藻は私の返事を聞いて、うつむいた。
「玉藻は私のそばにいたいと言っていたが、それは婚姻関係のようなものでないといけないのか?」
私の問いに、玉藻はうつむいたまま首を振る。
「そうじゃないけど……私は河伯のことを男性として好きだし、そういう感情でそばにいるには、先を行ってるライバルが多すぎるわ」
ふむ。
「よく分からないな。私はそういう恋愛感情のようなものを理解していないんだ。知識としては知っているが」
「そうだね、お兄ちゃんの鈍さは世界記録級だもん」
どんな記録だ。
「今私が人間の社会で生活しているのは明蓮に興味を持ったからだ。正直に話すと、全く笑わない彼女の笑顔を見てみたいというだけの目的だった」
私の話を、アリスも玉藻も黙って聞いている。私は更に話を続けた。
「私が明蓮のことを愛しているのかは分からない。彼女のことはずっと見守っていたいと感じているが、それはオリンピック……五輪にも言えることだ。アリスがここに住み着いても嫌な気持ちはないし、一緒に遊びに行くのも楽しいと思っているが、それだって同じことが玉藻にも言える」
アリスと玉藻を交互に見つめながら言う。アリスは笑顔で頷き、玉藻は顔を上げて私を見つめ返してきた。
「この先、私も誰かと結ばれたいと願うかもしれない。だが今は誰に対してもそういう気持ちはないのだ。だから、今の時点で結論を急ぐべきではないと思う」
「そっか……わかった!」
玉藻の顔に笑顔が浮かぶ。やれやれ、分かってくれたか。
「じゃあ私もここに住むね」
「……まあ構わんが」
「えーっ、アリスとお兄ちゃんの愛の巣がー」
なんだそれは。今の話はなんだったんだ。
「だからじゃないの。アリスが河伯に変なことをしないように見張っておかないとね」
「玉藻お姉ちゃんが変なことする気マンマンじゃない!」
「なんでもいいからあまり騒がしくしないようにな。私はもう寝るぞ」
まったく、元気な娘達だな。
だが、私に無いものを沢山持っているようだ。彼女達と接していれば、私も愛というものが分かるようになるだろうか?
もしそうなったら、愛する者以外の娘達とは疎遠になってしまうのだろうか?
興味深くもあり、恐ろしくもある。少なくとも今は、私と仲良くしてくれる者達と距離を取りたくはない。
可能であれば、ずっと皆と共に暮らしていきたいとも思っている。
だが、恐らくそれは不可能な願いなのだろう。
いつかは、別れの時がやってくる。
そんな予感がするのだ。
「……ありがとう、河伯」
玉藻がポツリと呟いた。
私はただ問題を先送りにしただけだ。いつか彼女の気持ちと向き合う時もくるだろう。
その時、私は何を願うのか。私にはまだ何も分からないのだ。
◇◆◇
夢を見ている。辺りは暗く、なんとも不気味な気配に包まれていた。
「これは、邪気か」
マレビトの神通力と対になるエネルギー。人間が研究によって作り出したと言われているが、実際には違う。
まだ人類が数多く生きていた時代に、人間を
奴は人間に甘い言葉をかけた。
――マレビトにも負けない力を、君達に授けよう。
そうだ、奴が人間に与えたあの力がとんでもない悲劇を招いたのだった!
「ここは、どこだ?」
そんな忌まわしい力が充満する場所。なぜ私はこんな夢を見ているのだ?
『ここは――だよ、河伯』
「誰だっ!?」
『聞かなくても分かるだろう? 宇宙の全てを知るお前なら』
「貴様は……」
全身が何とも言えない不快感に襲われた。そうだ、私はこいつを知っている。だが、名前が出てこない。
『ククク……可愛い女の子に囲まれて、楽しそうに暮らしているじゃないか。愛を知らないお前が、誰かを幸せにできるのかねぇ?』
気持ち悪い。腹立たしい。
『明蓮と言ったか。あの娘の秘密を知ったら、周りの人間はどんな顔をするだろうなぁ?』
「やめろ!!」
『五輪とやらは、たいそうマレビトがお好きなようだ。そのマレビトに襲われたらどんな顔をするか、興味がわかないか?』
「ふざけるな!!」
『アリス……あんな姿をして、ずいぶんと力を持っているな。だが、心は弱く、常に拠り所を求めている。誰からも構ってもらえなくなったら、どうなるかな?』
「一体、何が言いたいんだ!?」
『そして、玉藻。せっかく勇気を出して告白したってのになぁ。ひどい男を好きになってしまったもんだ。もし他の女が選ばれたら……』
「黙れ!!」
――お前に、全てを救うことはできない。
◇◆◇
目が覚めた。とっさに周囲を探ると、すぐそばに玉藻の気配があった。私の隣で寝ているようだ。アリスも自分のベッドで寝息を立てている。
今の夢を思い返してみる。あれは、本当に夢だったのだろうか?
夢の中で話しかけてきたのは何者なのか、確かに知っているはずなのにどうしても思い出せない。あらゆる情報を知ることのできる私がだ。
「あの邪気か……ということは、ただの夢ではないようだ」
私に何者かがメッセージを送ってきたのだ。重要な部分は知ることができないように邪気で神通力を打ち消して。
「いたずら……と言うには手がこみすぎているか」
私は可能な限り広範囲に意識を向けて、邪悪な存在の接近を警戒し始めた。
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