閑話:京都の夜(三人称視点)
修学旅行前日。クラスの男子達は真剣な顔で相談していた。
「河伯と一緒の部屋で寝たら、道を踏み外してしまうかもしれない」
河伯は男子なので当然男子の部屋で寝るのだが、外見は美少女である。はっきり言ってクラスで、いや学年で一番可愛い。
思春期の男子には危険な存在なのだ。
「見張りを立てよう。変な気を起こした奴を止めてやるんだ」
「その見張りが変な気を起こしたら?」
議論はなかなかまとまらない。一時は河伯以外全員部屋から出るという案も出たが、それは現実的ではないということで却下された。
結論としては二人ずつ交代で見張りをするという案に落ち着いたのだった。
そして、当日。
大広間で賑やかな夕食を食べた後、それぞれの部屋に戻る。
寝室は男女別に六人ずつで割り振られており、洋室ではなく和室で布団を敷いて寝る方式だ。
つまり、お互いの距離が近い。
実際に用意された部屋を見た男子達は戦慄した。この近さで美少女(男)の隣に寝ることになるなんて、ある種の拷問なのではないかと思ったのだ。
「さて、風呂に行こうか」
「!?」
一応、部屋にユニットバスもあるが河伯が言っているのは大浴場のことである。当たり前だ。
「おお、これが浴衣か」
そして部屋に用意されていた人数分の浴衣に目を向ける。
もちろん河伯は躊躇なく着替えを始める。男子達はなるべくそちらを見ないように自分達も着替えを始めた。見てしまえば向こうの世界に行ってしまいそうだったからだ。
「浴衣の帯ってどう結ぶんだっけ?」
「こうするんだ」
「!!」
男子の一人が慣れない浴衣に手間取っていると、河伯が近づき、あろうことか男子の帯を手に取って結びはじめる。
(うわあああ、近い近い近い!)
河伯の輝く銀色の髪が顔を下に向ける彼の肩から下に垂れ、サラサラと音がしたように感じる。滑らかな白い肌が、
(こっこれは……不味い!)
「な、なあ河伯。俺達はちょっとやることがあるからさ、先に行っててくれないか?」
「? そうか、では先に行ってるぞ」
河伯は一度首をかしげるが、特に気にした様子もなくそのまま大浴場に向かった。
河伯が部屋から出ていくのを確認した男子達は大きく息を吐く。
「いや、無理だってあんなの! 風呂にまで行ったら耐えられないって!」
「浴場で欲情とか、笑えねーわ……」
「なんだよあの首かしげポーズ、可愛いが過ぎる!」
ひとしきり騒いだ後、彼等は時間を見計らって大浴場に向かうことにするのだった。一方その頃、男湯からは悲鳴が上がっていた。
「誰がどこで寝る?」
風呂から上がり、何故か河伯が配り出したいなり寿司を食べ終わった頃である。ついに河伯がその話題に触れたのだ。
「あー、じゃあ河伯は入り口側の端でいい?」
なるべく隣接する人数を減らし、見張りやすい場所を示す。
「なんだ、夜更かしして遊ぶつもりか? 睡眠はちゃんと取った方が良いぞ」
男達の気も知らないで、言われた通りの場所に寝る河伯。後に残された五人は、まず場所決めのためのジャンケンに臨むのだった。
深夜になり、静まり返る闇の中で、未だ誰も寝付けずにいた。微かに聞こえる河伯の寝息が、彼等の心をかき乱す。
と、河伯の隣で布団に入っていた男子がそっと立ち上がる。他の男子達も身体を起こし、彼の動きに注目すると、小さな声で呟いた。
「トイレ」
「……ああ」
トイレに行った彼はなかなか帰って来なかったが、誰一人彼の行動を詮索することはなかった。
こうしてお互いがお互いを監視する異様な空気の中、朝まで緊張し続けた男子達はすっかり疲弊し、フラフラになりながら次の日の行動に移るのだった。
彼等はフラフラだったが、その心の中はやっとこの緊張から逃れられる解放感に満ちていた。
「よーし、買い物にいくぞ!!」
目の下にクマを作りながら班に分かれる彼等を、クラスメイト達は優しい目で迎えるのだった。
帰りのリニアでは席に着くなり全員が爆睡したのは言うまでもない。
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