京都へ行こう

 あれからしばらくして、修学旅行の日がやってきた。


 その間に玉藻が人間の軍隊を引き連れて森にやってきたりしたが、大きな事件も起こらずに日々が過ぎていった。たまにアリスが教室に乱入してきては私が連れ出して玉藻に引き渡すという流れが完成したぐらいだろうか。何故か玉藻に連れていかれる時に意味ありげな笑みを彼女に向けるアリスだが、いつも何を考えているのだろうか?


「京都へはリニアでちょっとかかるね」


 乗車駅へは各自で向かう。私は明蓮とオリンピックと共に品川駅へ移動していた。技術的にはもっと速い移動方法もあるのだが、インフラというものはそう簡単に作り変えられるものでもない。この国の主要な陸上公共交通手段は旧世代のリニアモーターカーが担っている。速さと安定性のバランスを考えれば妥当と言えよう。


「幽世みたいに河伯君の背中に乗っていけたらいいのに」


 オリンピックがそんなことを言う。今は周りに他の人間がいないからいいが、あまりそういう話をしないでもらいたい。


「秘密云々は置いといても、こっちの世界で河伯の背中に乗る勇気はないわね。普通に落ちそう」


 明蓮が肩をすくめて言った。そんな返事が出来るほどに気を許しているのは良いことだ。彼女にとって、自分の能力が知られることは恐怖でしかなかっただろうに、オリンピックのような変わり者がいるという事実が救いになっているようだ。誰にも明かせない秘密というのはとても強いストレスを生むからな。


「それで、京都に着いたらどこを見に行くんだ?」


「伏見稲荷大社!!」


 オリンピックが間髪入れずに答える。まあそう言うだろうと思っていたよ。


「明蓮は何か見たいものはあるか?」


「お寺とか見て回ってもあんまりね……伏見稲荷大社で良いんじゃない? あの鳥居はなんか凄そうだし」


 鳥居か。伏見稲荷大社と言えば千本鳥居が有名だ。映像的にも非常にインパクトのある場所だし、マレビトと関係なく行く価値のある場所だろう。


「分かった。それでは伏見稲荷大社に行こう」


 修学旅行はクラスごといくつかの班に分かれて見て回ることになっているのだが、うちのクラスは担任の稲崎先生の意向により班の人数がかなりバラバラだ。仲のいい者同士で行動させようということで、中には一人で回る者もいる。ホテルでは男女別にいくつかの部屋に分かれて泊まることになる。管理が大変だと思うが、大丈夫なのだろうか?


「それにしてもこのご時世なのに京都で好き勝手に動いて大丈夫なのかな?」


 オリンピックがもっともな疑問を述べるが、それについては心配はいらない。


「問題ない。倉稲魂命を始め、強力で人間に友好的な神仏が大量ににらみを利かせているので下手な妖怪では手が出せないのだ。恐らく今の地球上で最も安全な場所の一つだろう」


 その分観光客が多いのだが。人口が大幅に減った現在の地球においても、昔の京都と変わらない大量の観光客がひしめいている。ただ、マレビトが治安を守っているおかげで以前よりずっと秩序があるのだ。


「ウカノミタマってどんな女神様なのかなー?」


「おや、調べてきたのではないのか? 天照が教えてくれなかったのか?」


 オリンピックの言葉に疑問を持った。確か私は天照に聞けと言ったはずだが。


「いやー、アマテラスはずっと部屋に引きこもってるからよく知らないらしくて」


 なるほど、それは盲点だった。あの犬の性格を考えれば、他の神のことをあまり知らなくてもおかしくはない。


「そうか。私なりに調べてみたが、どうやら神経質な女神らしいな。いつも田んぼの水位を気にしているらしいぞ」


「そうなんだー、なんか仲良くなれなそう」


「一応相手は高位の神だからな。天照があのような態度だから威厳を感じないだろうが、一般人が馴れ馴れしくしていい相手ではないぞ」


「アンタがそれを言うの?」


 何故か半目になった明蓮が私に呆れたような口調で言う。私に威厳が無いと言いたいのか?


……反論は出来ない。


「さあ、そろそろ品川よ。そういう話はしばらく禁止!」


 明蓮が到着を告げる。以前に比べてずいぶんと明るくなったものだ。笑顔を見せる日も近いな。実を言うと私のいないところで笑っているらしいことは知っている。だが私は目の前で笑って欲しいのだ。


 それに加えて、以前にも増して明蓮と共にいたいという気持ちが強くなっている。オリンピックのことも放っておけないし、アリスを始め多くのマレビトがローレンス学園の周囲にいることもある。


 どうせ他にやることもないのだ。目的を達成したとしても、せめて彼女達がその生を終えるまで見守っていたいと思っている。

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