リィンと毛玉ゴーレム

八軒

毛玉、起動

「いけー! ゴールデンファントム!」


 少年の掛け声と共に、黄金の剣が牛乳パックに音を立てて突き刺さった。


「あっー! リィンのぎゅうにゅうマンがー」

「よえぇよリィン。超合金に紙パックで勝てるわけねぇだろ」


 少年は勇者を象った超合金を高く掲げた。ジリジリジリとセミが合唱し、天頂の日差しが強く照りつけて、超合金は煌びやかに輝いた。

 敗北者――リィンは地面にしゃがみ込んで、穴の空いた牛乳パックをじっと見つめている。リィンが小さく唸りながらその手を握りしめると、牛乳パックの土手っ腹に空いた穴から砂が一気に流れ出し地面へと広がった。


「おまえ、砂なんて入れてたのかよ」

「おとーさんが、砂、入れたら強くなるって」


 リィンは溢れた砂の上に人差し指で丸を描きながら答えた。牛乳マンの大破をもって、今日の対決は終わりである。


「リィンはイーファ達とは遊ばねぇの?」

「やだ。あれつまんない。キアと遊ぶのがいい」

「んなこと言ってもなぁ……」


 未だ立ち上がらない二つ年下の幼馴染を見て、キアと呼ばれた少年はため息をついた。戦いを終えた超合金ゴールデンファントムの剣を収納して防御形態に変形させる。ドワーフの血を引くという創業者が誇る玩具メーカーの優れた技術は、世の少年たちの心を掴んで離さない。


「やっぱり、超合金無いとつまんない? リィンんち、びんぼーだから、ダメ?」


 少年を見上げる目元は、うっすらと赤い。キアは思わず顔を逸らした。


「な、んなことねぇよ!」

「あしたも、遊んでくれる?」

「ああ。また、ぎゅうにゅうマン、作ってくるんだろ?」


 キアの問いに、リィンはころりと機嫌を良くして、ぴょんと橙色のおさげを揺らした。



♦︎



「リィンも、超合金ほしー……」


 キアと別れたあと、リィンは家までの道を歩く。治安も良く、住民は知った顔ばかり。ほんの、五年程しか生きていない子供にとっても、それは飽きかけた光景だった。

 家、家、畑、空き地。変わりない道をとことこと歩いていたリィンが足を止める。


 ――スクラップ置き場だ。

 ここだけは、明らかに他と異なる空気が漂っている。悪ガキ達の好奇心をくすぐる、探検の名所なのだ。

 もっとも、ほんの数日前にスクラップで切り傷を作ったリィンは、立ち入り禁止を親に命じられている。


 リィンは周囲を見回して誰もいないのを確かめると、身を低くしてスクラップ置き場へと踏み込んだ。


「みるだけだから、けが、しないもん」


 ここには、スクラップだけではなく様々なものが捨てられている。例えば、遠い土地の石や砂。リィンはお気に入りの場所を漁って、黒くて割るとガラスみたいになる石や、濃い緑色の透き通った石、それと丸くて平べったい生き物の殻を拾い集めた。この黒い石は男子にも人気だ。リィンの足では届かない川の底から拾ってきた、きれいな石と交換してもらえるのだ。


「ふんふんふーん、ふふん」


 ポケットを上から叩くと、石たちがじゃらじゃらと鳴った。見上げれば、西の雲がほんのりと黄色い。随分と時間が経っていることにようやく気づいて、リィンは来た道を足早に戻り始めた。


 スクラップの山が西日を受けて、長い影を地に落とす。青みを帯びた影の中を、亜麻色のワンピースをはためかせながら、リィンはひた走る。




 ――も、ももも


 音が聞こえた。

 低く、柔らかい、不思議な音――声だった。リィンは反射的に足を止めて、振り向いた。だが、後ろには何もいない。

 声はまだ、リィンを呼んでいる。小さな心臓が鼓動を速くする。逃げるか、確かめるか。原始的な葛藤を制したのは、好奇心だった。


 一歩、後退りながら、ゆっくりと見回す。

 スクラップの山のふもと。

 群青の影の奥、それはいた。

 大きく黒っぽい塊がくず山に埋もれて、リィンを呼んでいる。


 ――も、もも


 一歩一歩近づく。背丈はリィンと同じか低いか。幅はずっと大きい。ずんぐりとして四角くて丸い。足は短い。くびれらしいくびれはなく、顔らしき高さにつぶらな瞳が二つ並んでこちらを見つめていた。


 手を伸ばして恐る恐る触れる。指先が想像以上に奥まで吸い込まれて、リィンはヒッと縮こまって腕を引っ込めた。慌てて手のひらを確かめたが、痛くもないし怪我もしていない。指先を顔に近づけて、臭いも嗅いでみる。少し、カビ臭い。

 もう一度手を伸ばして、今度はしっかりと確かめるように触れて撫でた。長い、たくさんの、もふもふとした茶色い毛の塊だ。ぎゅっと押すとリィンの小さな手は、いとも簡単にその中に埋もれた。


「もっ、ももっ」


 リィンが撫でるのに合わせて、声は答えた。目の前まできたというのに、声は初めに聞いたよりも小さい。

 リィンの動きから迷いは消え、おおきな毛玉に覆い被さる材木を退かし始めた。さして太くはなく、危険な釘の残りもない。一本、また一本。乾いた音を立てて、材木が転がってゆく。


「んしょ、んしょ」


 全身をめいっぱいテコの如く使って、リィンは最後の一本を横に倒した。


「やったぁ!」


 だが、毛玉は動かない。リィンは首を傾げて眉根を寄せる。左から見て、右から見て、それから毛玉とじっと見つめあうと、あっと声を上げた。


「えっと、リィンは、リィン・オライリー。ごさいです!」


 元気よく毛玉に向かって自己紹介をしたリィンは、両手を前に揃えて、小さくぺこりと頭を下げる。

 リィンが顔を上げると、毛玉はわずかに傾げいて揺れた。


「けだまちゃんは?」


 問いに答える代わりに、毛玉はリィンに向かって片手を持ち上げた。リィンが覗き込むと、ペンギンのヒレのような腕の先、毛のふさの中から、小さな爪が三本にょきりと飛び出してきた。


「うきゃあ!」


 小さく飛び跳ねて奇怪な声を上げたリィンに毛玉はゆっさゆさと揺れる。だが、その手は差し出されたままだ。

 

「もっ、もっ」


 毛玉の声に後押しされて、リィンも右手を差し出した。小さな手のひらと小さな手のひらが重なり合う。

 瞬間、リィンの手から腕から肩へ、じわりと感覚が走った。それは首筋まで駆け上るとぱああと大きくなって、リィンのからだを温かさで満たしてゆく。


「わぁあ! すごーい!」


 弾けるリィンの声に呼応して、毛玉の瞳に光が灯る。

 夕暮れの日差しにきらめく塵を巻き上げながら、毛玉はゆるりと立ち上がった。

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