第29話 小さな焚き火



 レイカは身体を清めて水から上がると、荷物の中から着替えを出す。上衣類は替えがないが、肌着はある。革製の水筒に水を汲むと、荷物と長槍を携えてタクミを川に突き落とした場所へ戻る。


 タクミも洗濯を終えた頃だろう。


 レイカはそろそろ野営の準備をしなくてはならないな、と空を見上げた。曇り空のこの世界も、端の方から薄いオレンジ色に色づいている。もうすぐ夜が来るのだ。


 焚き火の匂いがして、レイカは足を止めた。この世界に慣れていなそうなタクミが火を起こしているのに気がついて、素直に感心する。


 ——なかなか気がきくじゃないか。


 そっと近寄ってタクミの様子を見ると、下着は身につけているようだ。火の前に座って、何かを読んでいる。エナ婆の所にある『本』に似ている。


 彼は一心不乱にそれを読んでいた。


「タクミ、それはなんだ?」


「わあっ⁈」


 突然声をかけられて、タクミは飛び上がる。もう少しで手帳を取り落とすところだ。


「驚かさないでくれよ……」


「驚かしたつもりはない」


 そう言ってレイカは小さな焚き火を見て首を振る。この焚き火では一晩はもたない。


 レイカはそばの大木の枝に長槍を渡して即席の物干し台を作ると濡れた服をかけた。二人分の服を干すには足りないから、山刀を担いで手頃な枝を探しに行く。


「タクミは火の番をしていろ。すぐに戻る」




つづく

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