私の救済記

センセイ

page1.私と彼氏

 私には人の寿命が見える。


 例えばあの人、あと三七年。

 あの人は八一年も生きるみたい。


 その寿命が増える事は絶対に無くて、私がどうやって助けようとしても、その人が年内に死なない事は無かった。


 しかも、私が見えるのは年単位でだけだから、死に際に役に立つかと言われれば、全然そうじゃない。

 自分の寿命も見えないし、とんだポンコツだ。


「ゆめちゃん」


 あ、そうだ。

 彼はらいくん、私の初めての彼氏。


「ほんとに行くの?」

「うん!」


 らいくんはカッコよくて、背が高くて、とても優しい。


「行こう! 海!」


 らいくんの寿命は、あと一年も無い。

 つまり彼は……年内に死ぬ。



****



「寒ーっ」

「マフラーどうしたの?」

「んー、どっかに置いてきちゃった」


 私達はその日、冬の海岸に来ていた。

 当然だけど人影はほとんど無く、居ても地元の人らしき影だけだ。


 もちろん冬なので泳ぎはしないし、寒いから海岸で遊んだりもしないけど。


「それにしても……何も冬に海に来る事無いのに。夏まで待てなかったの?」

「だって……」


 らいくんの言葉に、私は振り返る。


「……夏まで生きていられる保証なんて、どこにも無いでしょ?」


 それからニコッと笑ってみせると、らいくんは「そうだけど……」と苦笑する。


 ……らいくんの寿命があと一年以内なのは、彼には言っていない。


 信じて貰えないって事は、あの時痛い程分かったから。


「えーっと、そろそろ戻る?」

「そうだね」


 二人で海を背にして歩く。


 あぁ、せめてどうやって死ぬのか分かればいいのに。

 そしたら対処しようもあるから、まだ私が助けられる可能性もあるのに。


「どこかでお茶してから帰ろっか」

「……うん!」


 私はらいくんに飛びつく。


「あはは、ゆめちゃんは元気だなぁ」

「えへへー」


 らいくんは病死する可能性もある。

 だから、家に閉じこもっていれば安心という訳でも無い。


 だから、私はそれならばと、らいくんが死ぬその時まで楽しいひとときを提供し続ける。


 ……そう、決めたんだ。



****



「ただいまー! やっぱ家が一番だねー!」

「あっゆめちゃん、靴下脱ぎ捨てちゃダメだよー?」

「えへー、ごめんなさぁい」


 家に着いた頃にはもう日も暮れそうで、私達は長旅の疲れを癒す為にソファーで寄り添いあった。


 ……どうして一緒の家に帰ってるのかって?


 実は彼、らいくんは家出少年なのです。


「ゆめちゃん、夜ご飯何がいい?……イタリアン? 中華?」

「え、またあの豪華なの作るの? 手抜いて良いんだよー」


 らいくんは私の家に住み込んで居るのの申し訳なさからか、家事全般をやってくれる。

 特に料理の腕は一人前。


 さすが何しても優秀なだけあるけれど、聞く所によると料理だけは特別で、小さい頃から料理人になりたくて人一倍頑張っていたらしい。


 夢があって、凄いなぁ。


 私なんか、『ゆめ』って名前なのに、大雑把な夢さえ無いんだもん。

 ただ漠然と、生きてるだけ。


 良いなぁ、らいくんは。


「ごほっ、ごほっ……」

「!……大丈夫?!」


 すると、急に台所かららいくんが咳き込む声が聞こえる。


「ごめ……」

「謝らなくていいよ! どうしたの?」

「大丈夫、平気だから……」


 どうしよう。

 らいくん、病気で死んじゃうのかな……。


 ……まだしたい事、いっぱいあるのに。

 先に死んじゃうなんて、何としても避けないと……。


「らいく……」


 ピーンポーン…ピーンポーン…


 私が彼の名前を呼びかけた時、不意に玄関のチャイムが鳴る。


「……らいくん、隠れてて」

「……うん」


 私の家の場所を知ってる人は、極わずかしか居ない。


 荷物だって局留めにしてるし。


 ……らいくんの事、探しに来たのかな。


 私が守らなきゃ。

 らいくんの居場所。


 カチャリ…


 怯えつつもゆっくりと扉を開けると、そこには大柄な男二人が居た。


「……警察だ」

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