第8話:大革命の予兆⚡⚡⚡

「な、なんという画期的な教育だ! 異次元の子供対策! 私はいま猛烈に感動しています!」


 劇画タッチの表情で、私の目の前9cmまで近づいて、鋼鉄製のユーリア心臓を8センチほどユーリアジャンプさせている少年。


 現在、この少年を臨時教員として雇ったことを76パーセントほど後悔しているユーリア六歳です。


 このエミール君、十五歳。

 お隣のスイーツ国から宗教的な迫害を受けて、大公国へ亡命してきた時計職人さん家の一人息子。


 あのスイスの時計職人だよ。

 スイスの腕時計と言えば伝統と、その超精密性能と相まってハイソサイエティ男の必需品!


 この時代なら船舶用や、軍人さん用に精密時計を売りだせば。という下心満々で、雇わせていただきました。


 その息子さんが今年十五というので、遊ばせているのももったいないと孤児院の臨時教師に。


 孤児院はさらに大きくなり、臨時に小学校校舎を併設。そこで100人を超す子供たちを預かっているんだ。


 結構早く拡大できたね。

 これも、このエミール少年のお手伝いのお蔭。

 先生うれしいよ。


「ユーリアちゃん! 僕はこの教育法を全世界に広めなければならない。

 今、僕は使命を見つけた。一生かかってでもやり通すぞ!

 啓蒙だ。新しき思想で皆を啓蒙していくんだぁ~~~!」


 といって、駆け出して行った。


 ?


 まさかこのまま大公国を、おん出てしまうのか?


「すみません。シスターユーリア。あいつはこうと決めたら後には引かないたちで」


 と、時計職人氏。


 最近は美クールのお達しと共に、多くのご家庭のお子さんを預かるようになって、「シスターユーリア」と呼ばれることも多いです。


 中には「子どもが生意気になった!」と、かえって陰険な仕打ちをしてくる国民もいるけど、そんなのはいつの世にもいる。


 気にしない気にしない。


「あいつには賢くなってもらおうと、ホッブやロックス、アダモス=ミースなどの著書を買い与えていたのです。

 そのせいか最近は色々と危ない思想に染まってきまして」


 ホッブ?

 ロックス?

 アダモス=ミース?


 どこかで聞いたよーな。


 え“

 ホッブズ?

 ロック?

 アダムスミス?


 え……、すると少年は……


「ですが子供は子供。私達ルソー家はこの大公国で時計を作る事には変わりはありません」


 やっぱり。

 ジャン=ジャック=ルソー的な何かだよ。


 教育論の名著「エミール」だもん。

 消極的教育論の先駆的著作。

 まさに、ここでやってる教育だよ。


 モンテッソーリとかの大親分。

 現代教育界に、超影響をあたえた人物。


 なにそれ。

 ユーリアおね~さんは知らない。

 見てない。

 私のせいじゃない。


 もし未来の教育界が劇画タッチになっても知らない。

 だって私は六歳の幼児ですからね!

 もっと穏便な教育を所望致す。


 これからルソー少年は教育だけでなく、社会契約論なんかぶち上げてフランス革命の『後付け理論家』になるんでしょうね。


 でも、私には関係ないよ。


 だってあの本読んでいる人がフランス革命起こしたわけじゃないし。


 いったい文字読めない一般民衆がどうやって『社会契約論の影響を受けて革命起こした』とか言える?


 そう言うこと平気で教える社会科教師とかまだいるんだろうなぁ。



 ユーリアは、その時思いもしなかった。


 彼のおかげで文字を読めるようになった民衆が、社会契約論、つまり「国の統治権は民衆にあり」「だから王様倒しちゃえ」という革命の嵐を起こしていったことを。


 それを知った時、ユーリアが思ったこと。

「あいつドMなんだから、パリのバスティーユ監獄のサド侯爵のお部屋に放り込んで、甘美な世界に末永く2人で浸っていてもらいたかった」

 であった。


 その後、数世紀にわたって自由主義の嵐で何十億人の人間が不幸になった事か。


 自分がそのパンドラの箱を早めに開けてしまったことに、まだ気づいていない幸せな敬虔なるシスターユーリアであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「そういえばさぁ、ぽむぽむ女神の名前、なんていうの? 聞いたことないな」

「うん。私も聞いたことない」


 小麦畑の端からライネーズ川の水面を眺めていた私は、隣にいる双子的な天使の羽根つきユーリアちゃんに聞く。


「じゃ、勝手に決めちゃおうか」


 ぺちん!


「あいた!」


 急に頭を叩かれました。


【女神には名前、ちゃんとありますよ~】


 ぽいんぽいん女神の仕業か。

 今は見えないな。

 いつ叩かれるかわからない。危険な存在だ。存在Zとか名づけようかな。


「ではなんとおっしゃるのですか?」


【え~っと……】


 やっぱり名前ないんじゃん!


【ではスバラシーウツクシーカシコーイです。よく覚えておくのですよ】


 却下。


「かしこまりました。スウシールさま」


 勝手に短縮してやった。

 あれ?

 おしおきだべアタックが来ない。

 わりと気に入ったみたい。


「ではスウシール様。今後起こる事をお教えいただけると、女神さまのご威光を広めるお役に立てるのですが」


【女神、スウシールでしたっけ? スシルー? スシル? まあいいわ。わたくしの力では未来のことは分かりません】


 記憶力わりーな。


 それよりなんですと?

 未来のこと分からんのか?

 アントンおじさんに見栄張っちゃったけど不味ったかな。


【でも、遠くのことは見えるわよん。ほらさっきから遠くの島で火山が噴火してるわ】


 不吉なことを言う女神だな。


「そうですか。しかたない。あ、ついでにその火山の名前を教えていただければ未来予測として金儲け……げふん。女神さまのご威光を世界へ」


【うん、いいわよ。アイツランドのロキ火山ね~】


 ?


 アイスランド?

 火山いっぱいあるけどラキ火山かな?


 アイスランド+ラキ火山噴火=フランス革命!!


「あの~。もしかしてですよ、女神様。東洋の神様にお知り合いいます?」


【いるわよ~。大ウケの大神。彼女、よく振り込んでみんなの笑いを取っているわ】


 マージャンまでするんかい!


「では東洋の島国で火山活動などは?」


【今聞いてみるわね~。ぽちぽち、っと】


 なにやってるんだ?

 神様同士、ツーカーじゃないんだ。


【そう、ありがと。ばいば~い、っと。彼女から今、雷印ライインが来てね。アサーマ神が兄弟げんかしてそろそろ火山噴火だって~。自分の役所仕事、食糧配給が大変になるって嘆いていたわ】


 色々とツッコミたいが、それどころではない情報。


 天明の浅間大噴火が起きる?

 ラキ火山と相前後しての大噴火で、地球の気温が急激に低下。

 作物生産量も極度に減少。


 それが日本の天明の大飢饉を引き起こした。

 そしてヨーロッパでは、フランス革命を引き起こす!


「パンをよこせ!」


 こう言ってパリの民衆が蜂起した理由は、この食糧難なんだ。


 この異世界、地球と似通っている。


 既にラキ火山が噴火したとなると、浅間ももうじき噴火する。


 食糧難が来る。


 これは軍備どころではないよ。


 救民政策。


 少しでも民衆の不穏な空気を押さえねば、激烈な戦争と革命の嵐が吹き荒れてしまう! その時、この極小国は瞬く間に踏みつぶされる。


 私は近くで、たわわに実る小麦を見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る