世の修正人-ベルクリフ-

天昌寺 晶

序章 その男、修正人

 奴を振り切るために、自ら大陸最高峰の危険地と言われるこの〈深淵の森〉に逃げ込んでから、どれほど時間が経ったのか分からない。


 前に来た時は、数十人規模の精鋭部隊で、魔物一体一体を相手にしてどうにかなったが、今は仲間は“奴”に蹂躙されてしまい、俺一人になってしまった。


 上からの話だと、村一つ滅ぼせば良いという簡単な内容だった。


 なのに、この状況に陥ってしまった。


 だから、こんな状況で魔物か奴に遭遇したら終わりだ。


 その時だった。


 左前で何かが動く影が見えた。


「...ッ!!」


 まさかもう追いつかれたのか⁉︎


 俺はそう思い、最大限に音を鳴らさないように、息を殺しつつ全力でその影が動いた方向の反対側に向かって走った。


 だがその先にも、とても危ない予感がすると同時に、全身に悪寒が走った。


「こっちに行ってはいけない」という本能に従い、来た道を戻ろうと振り返った瞬間、目の前に何かが現れた。


 そこには、魔物ではない、恐らく俺が知る中で最も恐ろしいものだった。


奴だ!


「うわあぁぁッ!!!」


 俺は咄嗟に悲鳴を上げながら、偶然手にもっていた長年の相棒(斧)で、すぐ真横に生えていた木を、奴めがけて思いっきり切り倒した。


 その時の力は、火事場の馬鹿力とも言える程のものだった。


 やったか...?


 俺はそう思ったが、逃げようとはしなかった。


 俺は、奴を振り切るよりも、今こちらから奴とやり合う方が、逃げるよりは希望があると思い、奴がいたところに向かって斧を構えた。


 すると、俺が木を倒したことにより、遠くで燃え盛る村の火明かりと月明かりによって、この森では見られない薄い明るさを灯していた。


 その幻想的な光景に目を奪われつつも警戒していると、不意に奴がいないと油断していた自分の後ろに気配を感じ、俺はとっさに飛び退いた。


「なっ...!!」


 後ろの気配の正体を直視した直後、俺は絶望などの負の感情が全身を駆け巡り、その場の時間を長く感じた。


 そこには、この森の頂点に等しい魔物である〈デス・ナイトウルフ〉の長の首を片手にぶら下げ、恐らく俺の仲間の返り血と、物凄い殺気を身から放っている礼装(司祭服)姿の男がいた。


 そう“奴”だ


 その姿を見て、俺は本能的に「逃げなければ!」と思い、その場から走り出そうと体を 動かした。


「何故だッ!!」


 だが、足は動かなかった。

 さらには足だけじゃなく、体も動かせなかったが、幸いにも口のみ動かせた。


 何故動かないんだ⁈


 俺はそう思い、辺りを見渡し、よく見てみると、周りの木々の影から、俺の月明かりに照らされて出来ている影に伸びている。


 すると、奴がこちらに一歩一歩殺気を一段と強く放ちながら、歩み寄ってきた。


「くっ..来るなッ、近寄んじゃねぇッ..!!」


 俺は殺されたくないと強く思いながら、無意味にも必死に叫んで抵抗した。


 殺されたくない殺されたくない.......


 俺は叫んで抵抗、もしくは必死に願うしかなかった。


 ついに奴は俺の目の前で立ち止まり、俺の顔めがけて手を伸ばして来た。

 そして、沢山の魔物や人の血が付いた手が俺の額を掴んで来た。


「ヒィッ...ヤ..やめてくれッ...」


 俺が悲鳴を上げていることには見向きもせず、奴は俺の額を掴んだまま上へと持ち上げた。


 手足を使い、必死に抵抗しようにも動けず、

ただ“奴”の行動を待つのみだった。


 すると奴は、血塗られた顔で不思議そうな顔をした。


 『やめてくれだって..?お前は..お前達はそう命乞いする村の人達を容赦無く殺したよな?...だから当然の報いだろぉッ?』


 俺は正論を叩きつけられ、何も言う術がなかった。


「ヒィッ...ま..待ってくれ!俺はただ上からの指示で、強制的にやらされただけなんだ!だから殺さないでくれッ!俺には家で待つ家族がいるんだ!」


 家族や村人達を、大切にしていた“奴”に同情してもらおうと、俺は必死に命乞いをした。


 だが奴は可笑しそうに笑った。


『ハハハッ.....殺さないでくれだって?元からそんな事考えてなかったよ。君は家族と別れたくないんだろ?分かるよその気持ち...。僕も同じ事をされたんだからさ...。それに君にはまだ利用価値があるしね。』


 奴は笑いながらも意味深な発言をした。


「おっ...おい!利用価値だって?俺を利用するってことは、絶対お前の傀儡になるだけじゃねぇか⁉︎やめてくれッ!一生こんな悪事を働かないから見逃してくれっ!!」


 俺は傀儡になったとしても、もう家族に会う事すら出来ないと思い、必死に乞うた。


『見逃せだって?舐めんじゃねぇよ‼︎人を殺したのなら当然の末路に決まってるだろ⁈

それにお前にはその指示した奴らを探る駒となるには、使いがってのある顔の広さだからな!』


 俺は奴の話を聞き、もう終わりは近い事を悟った。


『さて....、もうお別れだ。そんな事をした自分を恨んでおけ‼︎』


 そう言い放ち、奴は俺の額を掴んでいた手を離し、そして俺の頭を鷲掴みしながらこう言った。


『駒と成れ...“修正”!』


 その言葉を聞いた瞬間、俺の意識はそこで途切れた。

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