水の

生春巻きを作ろうと思って、ショッピングモールの輸入食品店へ行く途中、いつも乗って帰ってくるバスが到着するタイミングに居合わせた。今日私は会社を休んでいるのに、いつもの時間、いつもの面子が、この空間にいるのが少し面白いと思った。最後に降りてきた女の人のバッグが私が持っているものと同じであることに気付いた。ふと顔を見ると私にそっくりな顔をしていたのでギョッとした。気のせいだったのかも知れないと思いながらスーパーまでトボトボと歩いた。


スイートチリソースを買うのを忘れたので生春巻きはなんとなく味気ないものになった。


湯船に浸かっているときに、自分の胸元に見慣れないほくろがあるのを見つけた。歳をとるとほくろが増えると母親が言ってたのを思い出す。

寝る前に歯磨きをしているとき、まじまじと自分の顔を見ると、なんだか自分がとても老けているように思えた。年相応か、いや、疲れているだけか。今日はアイピローをつけて眠ろうと決めた。


翌週月曜日の帰り道、定期ケースに定期が入っていなかった。なくしたか、落としたか、特に触っていないが……最近、ぼんやりしていることが多い気がする。

慌てながら財布から小銭を取り出している私をすり抜けて降りていった女の人の鞄が私の持っているものと同じだった。あのひとだ。彼女は定期を見せて降りた。


火曜日は残業をしたあと、同僚とお酒を飲んで帰った。最終バスは私だけを降ろした。


水曜日。

駅の窓口で定期を買った。残り1週間だったけれど、仕方がない。バスはいつもの面子を下ろした。彼女はいなかった。


木曜日。

急いで会社を出ていつものバス乗り場に一番に到着した。乗車口のそばの席に座り、乗ってくる人を観察した。私と同じ鞄を持っている彼女が乗り込んできた。やはり私の顔に似ている。

そして同じ最寄りで降りていく。好奇心と猜疑心で後をつけてみる。と言ってもマンションまでの道のりなので、ただ後ろを歩いているだけだけど。

彼女はコンビニに寄ったので、そこまでつけてしまうとバレるかも知れないと思って、私はそのまま家に帰った。


金曜日。

今日も彼女が乗っている。昨日と同じく後を歩く。コンビニには寄らない。まだ前を歩いている。

そして、私の住むマンションに入って行った。心臓は暴れ出し、手に汗が滲む。頭は軽くパニックになっている。

彼女はオートロックを開けて入って行った。彼女が乗ったエレベーターは私の住む階で止まっている。もしも私の部屋に帰って行ったらどうしよう。スマホを持って、エレベーターに乗り込む。

六階で降りる。廊下には誰もいない。

110を押してスマホをいつでも通報できるように準備した。

自宅の扉の鍵を開ける。鍵はかかっていた。

扉を開けると、猫が出迎えてくれた。他に誰も人間はいなかった。

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水の @mizunomidorii

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