石鎚山温泉
どう見ても清水先輩は重傷にしか見えないのだけど、三十分もすれば歩けるようになったのに驚いた。
「骨が折れてなかったから助かった」
「打撲ぐらいやったらなんとかなる」
とはいえこんな状態でツーリングは、
「できます。UFOラインは欠かせません」
行くの?
「行かんと西条に行けんからな」
土小屋から下りるとなると、
・石鎚スカイラインを戻る
・県道四十号を下る
・UFOラインを行く
道として広いのは石鎚スカイラインだけど、西条に行きたいなら県道四十号かUFOライン。
「どっちも似たようなもんや」
曲がりくねって細いのは大差がないらしい。バイクも置いて行きたくないとなるとUFOラインか。大丈夫なのかな。
「ああ、ユッキーがだいじょうぶ言うたら大丈夫や」
信用できるような出来ないような。でも清水先輩もそうしたいって言うなら仕方ないか。それはそうと白羽根警備の連中は、
「しばらくオブジェやってもらう」
「ワゴンがあるから連れて帰れるでしょ」
どうなってるかわからないけど、ずっと立ち尽くしたままだ、先輩が心配で仕方がないけどUFOラインに。ひやぁ、これも細い道だ、UFOラインは正式には町道瓶ヶ森線。UFOはどこから来たかだけど、大元は雄峰だったらしい。
ところがある時にUFO目撃騒ぎがあり、それから雄峰からUFOになって定着したとか。ここも四国屈指の絶景ロードになる。四国どころか全国屈指とさえいう人だっているぐらい。
とは言うものの土小屋からしばらくは森の中の林道。一車線半ら一車線のクネクネ道だし、町道だからかもしれないけど、ガードレールの無いところも少なくない。それより何より対向車が多い。
そうなんだよ一方通行じゃないからすれ違いが多い。これもバイク同士ならまだしも、クルマなら厄介。クルマ同士なら同情する。さらに言えば路面も良いとは言えない。簡単にまとめれば走りにくい。
ツイスティなワインディングに苦戦していたけど、やがて視界が広がってきた。こ、これは何と言う。こういうのを森林限界線って言うのかな。
「森林限界いうより、高木限界やろ」
高度があがると風も強くなる。風が強くなると木が高くなれば枝が折れるだけでなく幹から折れ、さらには根こそぎ倒れるそう。そういうところでは木も高いものは生えず、地べたに這うようなものしかなくなるんだって。
言われてみれば、そんな感じで山の斜面に点々と背の低そうな茂みが見えるだけになっていて、山頂近くの山腹を縫うように道が通じている。四国カルストは台地の上を走る感じだからだいぶ感じが違う。
それでね、息を飲みそうになるのは、そういう高木限界の峰々を走る道がずっと先まで見えるんだ。どう言えば良いのかな。まるでヨーロッパのアルプスの高原でも走っている感じなんだ。これは誰でも走りたいと思う。
「そやからこんだけクルマもバイクも多い」
その通り。でもさ、四万十市まで来て、そこから足摺岬から四国の外周ルートを走るか、四万十川を遡って四国アルプス、石鎚スカイライン、さらにはUFOラインのチョイスだったら、最初はこっちを選びそう。
「足摺岬から宇和島に出て夕焼け小焼けラインもイイよ」
行ったことあるのに尊敬する。もっとも絶景は文句なしだけど、道の細さとクルマにはうんざりだ。
「その辺は北海道やヴィーナスラインに一歩譲るね」
「ミルクロードとかやまなみハイウェイにもな」
ヴィーナスラインもクルマは多いけど二車線あるものね。
「四国カルストの渋滞もなんとかならんかな」
そう思った。UFOラインは再び林道になり、エエ加減ウンザリしたところでやっとセンターライン付きの国道百九十四号だ。なんだかホッとした気分。UFOラインは事前に動画で予習していたけど、
「ああ、時間帯と編集やろ」
やるものね。なかには変化球で渋滞動画を出すのもいるけど、やっぱり無理がある。国道百九十四号を快調に下り松山自動車道を潜り、橋を渡ったところで、
「左に行くで」
石鎚山って書いてあるけど、あちゃ、また細いな。クルマが少ない分だけマシだけど、先輩は大丈夫かな。しばらく走るとあれってダムじゃない。その向こうは当たり前だけどダム湖が広がりレークサイドロードってところだ。
「あそこ右に入るで」
なになに、六十番横峯寺、歓喜庵ってあるけど、四国八十八か所かな。まさか今から参拝する気なの。これもまた狭い道を登ると、砂利の駐車場みたいで奥にあるのは温泉宿みたいだ。つうか、あれって昭和の鄙びたドライブインみたいなものじゃないの。まさかあそこに泊るとか。そんな心配を知ってから知らずかさらに奥に進み、
「宿行くで」
えっ、えっ、あそこに見えてる古民家風のところが宿だとか。いや、古民家風じゃなくて、本当にオンボロの可能性はまだ十分にある。というか今夜の宿は、
「悪いけど変更や」
「怪我には温泉よ」
そらそうだけどイイのかな。玄関を入ると、こりゃ本物だ。立派な柱や梁があり、床だって黒光りしている本物だ。こういう宿は夢だし憧れだけど、予算がありまして・・・
「それと急やったから相部屋や」
それは仕方ないけど、えっ、えっ、えっ、離れだって。それって世界のスーパーVIPが泊る部屋。
「離れの方が高いのはそうやけど、帝国ホテルのスウィートとちゃうからな」
あのクラスだと思ってた。ああいうとこなら、素泊まりでン十万円どころか百万円なんてところもあるじゃない。
「あのな。そんな高い部屋にこんな鄙びたところで誰が泊るねん」
そりゃそうだけど、離れに行っても驚いた。広いし風格もあって立派。専用の庭だけじゃなく、専用露天風呂まであるってどんだけ贅沢だ。嬉しいけど、これを編集長と談判するのは気が重い。
「心配せんでもエエ」
「勇者へのささやかな贈り物よ」
先輩は痛そうだったけど、なんとかここまで来れた。とにもかくにもお風呂って事になったのだけど、
「コトリとユッキーは大浴場に行くけど、双葉さんはどうするんや」
「背中ぐらい流してあげなさいよ」
そうしたいけど、いきなりそれはちょっと。双葉も大浴場にしよう。まずは浴衣に着替えたのだけど、清水先輩の体を見て仰天した。青あざ、赤あざだらけなんだよ。服を着てたからわからなかったけど、そこまで殴ったり、蹴ったりされたんだ。
「ライディングジャケットのお蔭やな」
「プロテクターがそれなりに守ってくれたみたいだよ」
でも、でも、ここまでなるまで戦っていたなんて。また涙が出てきた。双葉は心を決めた。
「背中を流します」
先輩は大慌てで断ったけど、ここで流さなかったら女じゃない。嫌がりまくる先輩を露天風呂に引っ張り込んでやった。へぇ、白く濁っていていかにも効果がありそう。先輩は、
「うぅぅぅ、さすがに沁みる」
それは効果があるって言うの。
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