第7話
マンションの住人が帰ってきたか? と思った鳥坂は自然に振り返った。だがそこには誰もいない。
鳥坂は膝の辺りを引っ張られている気配に気付いた。感覚がある場所には、髪の長い少女が彼を見上げていた。
「うおっ!」
鳥坂は、驚いた勢いでガラスの扉に背中を強打し、ずり落ちながら床にへたり込んだ。
「ちょ、ちょ、ちょっ!」
「無理無理! 俺は何も出来ない! 無理だから」
手を合わせながら、ひたすら幽霊らしきモノに向かって懇願していたが、それはゆっくりと鳥坂に近づき、目の前までやってきた。ふいに嗅いだ覚えのある匂いが鼻についた。
「あれ?」
顔を上げると、ボードをぶら下げたマリアがいた。
「え? お前が何でここにいるんだ?」
相変わらず髪で顔は見えない。何よりこんな深夜にここにいるのか。なぜマリアが自分の家を知っているのか。警察でも名前だけで住所は伝えてはいないはずだ。
「どうやって来た?」
マリアはポケットからペンを出し、書き始めた。手が止まった。マリアはボードを抱えたままだ。
動かないマリアに痺れを切らし、鳥坂はマリアの横に立った。上から覗きこんだボードには、電話帳で探したと子供にしては綺麗な字で書かれていた。
「それだけでここまで来たのか?」
マリアが首を縦に振った。
彼女が鳥坂に対して反応したのは初めてだ。確かに鳥坂と言う名前がどちら方と言えば珍しい。彼は電話帳で自分と同じ名字が何件あるかなど確認した事はないが、それでもここを探し当てて来た現実に感心していた。
「でもよくこのマンションだって分かったな」
するとマリアは、先ほど書いた文字を服の袖で消して、車を確認したからと書いている。
「と言う事は、一件毎に確認してたのか? 何件あった? 同じ名前」
マリアは三件と書いた。それならあまり手間では無かっただろうと思えた。だが
「って、お前! どうすんだよこんな夜中に。また交番かよ」
鳥坂はシャワーを浴びて一杯飲んでからベッドに寝入るこをを考えながら帰って来た。
もう交番は御免だった。でも放置しておくわけにもいかず、携帯を取り出し直ぐ警察に連絡を入れた。
事情を話すと、最寄りの交番から人を向かわせるのでそのまま待機して欲しいと言われた。
仕方無く鳥坂は壁に凭れかりタイルの上に座り込んだ。
暖かくなってきているとはいえタイルは冷えて、じわじわと骨に冷たさと痛さがやってくる。鳥坂が座ると、マリアも寄り添うように足を前に伸ばし座った。相変わらず匂いはきつい。
「お前、風呂に入ってんのか? 女の子ならもっと気をつかうもんだろ」
だがマリアは何も反応しない。そして以前と同じ様に、鳥坂の服を掴んできた。
「おい! 離せ」
彼女が離す素振りは無い。いきなり立ち上がり、かなり強引に離す行動もできたが、そこまで手荒な事は鳥坂にもできなかった。
どこからか機械音だけが聞こえてくる。外を何度見ても、まだパトカーが来る気配はない。それにしても電話帳で調べてまでどうして、懐かれているのか不思議だった。
マリアに会ったのは、公園で座っている時と雨の中で急に飛び出してきた時。周りが避けるくらいには、見た目的にも、真面目な生活を送っている風には見えないはずだ。
「なあお前。なんで俺に懐いてんの?」
横に座っているマリアを見て、鳥坂はその小ささに驚き、怖くなった。
雨の日、マリアを担いだがその時は何も感じなかった。
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