仮想空間業務システムの中小企業への導入事例

@anmin7

仮想空間業務システムの中小企業への導入事例

「おはようございます、仮想空間型業務サポートシステムの導入インストラクターAI、アイコです。本日のカリキュラムを開始します。皆さん張り切ってまいりましょう。」

 イスとテーブルを片付けた工場の食堂に、社員たちが一定間隔で立っている。これは幼稚園児のお遊戯と同じ意味で「手足がぶつからない間隔」だ。ほとんどは律義にスーツを着ているが一部はジャージを着用していた。

「それでは、昨日の続きからやっていきます。《承認》のサインは左手の手のひらを上にして握った右手をのせてください」

 AIインストラクターの声に従って、みな同じゼスチャーをする。頭上の空間に《〇》が浮かべば成功で《×》だった場合はシステムに動作が認識されていない、ということで再度やり直しである。


 ほとんどの企業が仮想空間上での業務システムを取り入れる中、これ以上の導入の遅れは主に営業活動に支障を来すということで、弊社のような中小企業でもようやく取り入れることになった。今週から全社員が本社に揃って操作講習を受けている。最新型であればほんのちょっとしたハンドサインで済むところだが、予算や導入期間の問題、それから――――国産にこだわった――――とのことでシステムとそれに対応したセンサーの解像度が低く、大きなゼスチュアでないとこちらの意図を拾ってくれない。


 いちいち電話機はもう必要ない、握りこぶしから親指と小指を伸ばして顔に近づければ「電話」の機能が社内どこでも使える。強力な指向性を持つマイクとスピーカーがそれを実現した。もちろんこれからはPCやタブレットの類も必要ない。「これっくらいの おべんとばこに」のジェスチャーでそこに仮想ディスプレイが表示される。今この食堂で行われているのは、自分の意図をシステムに反映するためのジェスチャーの講習なのだ。


 問題は昼過ぎに発生した。「意思確認」のセクション、「否認」のサインでのことだ、AIインストラクターからの「《否認》のサインは大きく手を振り上げて頭上で組み合わせてください」のレクチャーに50代の部長が悲鳴を上げてうずくまった。長らく四十肩を患っているにもかかわらず、指示に従って腕を振り上げた部長の肩に激痛が走ったのだ。


このままでは部長の決済に支障を来す。システム業者との交渉がその場で行われた。腕の交差による《×》のみを《否認》としてシステムが認識するため、どうしても使う必要がある、ということで、股を広げ、広げたその空間での腕の交差を《否認》のジェスチャーとして使用することになった。不幸中の幸いというべきか「否認」のジェスチャーは職位の高い社員・役員しか使用しない。インストラクターの声に合わせ、往年のプリマのように社長が役員が古参の社員が舞う。コマネチ、コマネチ。余談だが、この「否認」のジェスチャーが使いにくくなった結果、決済スピードが少しだけ向上し、会社の業績も少しだけ上向くことになる。


 一日の講習を終えた皆は一様に頬を上気させ、息が弾んでいた。大きな体の動きを伴うジェスチャーはいわば全身運動であり、心地よい疲労感と達成感があった。仮想空間のインストラクターが講習を締めくくる。

「それでは今日の講習を修了します。昨日お伝えしましたログアウトのジェスチャーは覚えていますね? それでは両手で印を組んで片足を挙げ、しからばーーーー」「「「「ドロン!」」」」

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