勝負神社の鳴子さん

タダノカツオ

短編:勝負神社の鳴子さん

 僕の町には"勝負神社"という古びた神社がある。


 名前の通り、勝負の神様が祀られている神社であり、歴史は古いらしく建造されてから100年以上は経っているらしい。また、この神社でお参りをした人達は勝負事で勝てたとかなんとかで、ちょっとした開運スポットとして知られている。

 そんな神社に向かって僕は歩いていた。今日は土曜日なので学校はない。暇だったからというそんな理由で神社に行くわけではなく、僕はある人に呼ばれてそこに向かっている。若干嫌々な気持ちで向かっているわけだけど……。


 しばらく歩くと、小さな鳥居が見えてきた。そして、その先には本殿が見える。

 僕は鳥居をくぐり、本殿の方へと足を進めると、そこには一人の美しい巫女服を着た黒髪の女性が本殿の濡れ縁に座っていた。彼女はこちらに気づくと、笑顔を浮かべながら手を振ってきた。


「おー! 来たか、ゆうと! 待っておったぞ!」

「……こんにちは、鳴子なるこさん。今日も元気そうで何よりです」


 そう言いながら、僕も彼女に軽く挨拶をする。

 彼女は鳴子なるこさん。この神社に住む氏神うじがみ様であり、勝負の神様だ。見た目こそ二十歳ぐらいの人間の女性だが、実際は数百年もの時を過ごしているらしい。

 そんな鳴子さんから今朝に突然、念話で呼び出されたのでこうしてやって来たのだが……。


「で、鳴子さん。今日はなぜ僕を呼んだのですか?」

「ふふふ……! なぜって決まっておろう?」


 彼女はそういうと懐から2つの大小異なるサイコロを取り出す。

 その様子を見て、僕は次に彼女の言わんとしていることを察する。


「勝負じゃあ! ゆうと! 今日こそ決着をつけてやるわ!」

「…………」


 やはり僕を呼んだ理由はこれか……。どうやら、サイコロで僕と勝負したいようだ。

 鳴子さんは勝負の神様だからなのか、こういった勝負遊戯が大好きだ。参拝客の前に突然現れては、賽銭箱の上に立ち、いかにも偉そうなポーズを取りつつ、「我と勝負じゃあ!」と言ってくることもあるそうだ。正直言って迷惑極まりない神様だと思う。


「ほれ、早くこっちへ座れ! 今日こそ貴様を負かせてやる!」

「はぁ……。念のためにお聞きしますけど、もし負けた場合は……」

「もちろん、罰ゲームじゃ! 今日一日貴様は、我の言うことを何でも聞いてもらう! ちなみに我に勝ったら、この甘味堂のプリンをやろうではないか!」


 彼女の胸元から一個のプリンを取り出し、天に掲げるように見せびらかす。その様子を見て僕は思わずため息をつく。これはもう何を言っても無駄だろう。

 仕方なく僕は彼女と向かい合うように、濡れ縁に腰掛けることにした。


 ☆

 ★

 ☆


 濡れ縁の上に置かれた大きさの異なる2つのサイコロと大きなお椀が1つ。それを見つめる僕と鳴子さん。準備が整ったのか鳴子さんがルールを説明する。


「勝負は3本勝負。互いに3回までこの2つのサイコロを振り、出た目の合計が100に近い方が勝ちじゃ。もし、合計が100を超えてしまった場合はバーストとなり負けとなる」

「……つまり、ダイスを使ったブラックジャックみたいなものですね」

「そういうことじゃ。この2つのサイコロの内、大きいサイコロの方を十の位、小さい方のサイコロは一の位とする。つまり、出た目の最小の数は11で最大は66ということになる」

「なるほど……」


 僕は彼女の説明を聞きながら小さくうなずく。

 つまり、このゲームは基本的には運任せだが、サイコロを振れるチャンスが3回あるってことはチキンレースのように引き際が肝心ってことだろう。合計を100に近づけようとして追い振りをしてしまったらバーストしかねないわけだ。


「ちなみにバーストしてしまったら、負けに加えてペナルティとして天罰が下るぞ」

「え? ちょっと、天罰って何!?」

「2勝した方が勝ちじゃ! では、始めるぞ!」

「ちょ……! あぁ、もう! わかりました! やりましょう!」


 いきなりの天罰発言に驚き、詳細を求めたが鳴子さんは無視して勝負を始めてしまった。

 僕は納得がいかないまま勝負を開始する。

 先行は鳴子さんからだ。


「我の先行! いけっ! ダイスロール!」

 ――カラン、コロン


 勢いよく2つのサイコロがお椀に投げ入れられる。出た目は大きい方が3、小さい方が6だった。


「36ですね。では、僕の番」

 ――カラン、コロン


 僕も同じようにお椀にサイコロを投げ入れる。僕の方は大きい方が6、小さい方が1だった。


「61か。一投目がこれじゃあ、次でバーストするかもしれぬな! なぁーははは!」


 鳴子さんは楽しげに笑う。そんな彼女に僕も笑みを浮かべながら言葉を返す。


「まだ始まったばかりですよ。勝負は時の運と言いますし、どうなるかわかりませんよ」

「ほざけ! 次の一投でトドメを差してやるわ!」

 ――カラン、コロン


 鳴子さんはお椀からサイコロを取ると、二投目を投げ入れる。出た目は――。


「なっ! 56!? ということは……」

「ふふふ……! これで我の合計は92! 当然ここでスタンドじゃあ! 見たか、我の勝負運を!」


 さすがは勝負の神様……! 二投目で90台に乗せるなんて……。

 でも、僕もあと二回投げられる。まだ、勝負は終わってない!


「くっ……! 次は僕のターンです! いけっ!」

 ――カラン、コロン


 二投目は13。バーストはしなかったが、合計はこれで74。でも、鳴子さんは92なので、このままでは僕の敗北で終わってしまう。


「ふふふ……! 一本目は我の勝利だな。三投目は投げれるが、もしバーストしてしまったら天罰じゃぞ。ここは引くのがベストだと思うがな」

「くっ……!」


 たしかに今、74なら三投目はバーストする可能性が高い。ここは引き際と言えるだろう。

 正直彼女の言う天罰ってのがどんなペナルティなのかはわからないが、絶対ろくなものじゃない気がする……。

 しかし、ここで諦めたら男が廃る! ここは勝負一択だ!


「三投目行きます! とりゃ!」

「なんじゃと!?」

 ――カラン、コロン


 僕の投げたサイコロがお椀の中で転がり回る、そして出た目は――。


「やった! 26! 合計はピッタリ100だ!」

「な、なんじゃとぉぉーー!!!」


 まさかのジャスト100という奇跡に僕は思わずガッツポーズをする。

 一方、鳴子さんはあまりの出来事に口をあんぐりと開けていた。


「ゆうと、貴様! なぜ、その目を出せるのだ! イカサマをしておるのではあるまいな?」

「失礼ですね! これが僕の勝負運ですよ」

「ぐぬぬッ……!」


 鳴子さんは悔しそうに唇を噛みながら、僕を睨む。

 こうして、一本目の勝負は100 VS 92で僕の勝利に終わった。


 ☆

 ★

 ☆


 続いて、二本目は82 vs 89で鳴子さんの勝利で終わった。

 次は最終戦。この勝負で勝った方が勝者となる。


「さて、これで1勝1敗の引き分け。この勝負で勝敗が決まる。今日は貴様の敗北記念日となるのだ! ゆうと!」

「僕は勝ちますよ、鳴子さん。いつものようにあなたの連敗記録を伸ばしてやります」

「言うではないか! これがラスト勝負! いくぞ! ダイスロール!」

 ――カラン、コロン


 出た目は両方とも4。鳴子さんの先制は44からスタートとなった。


「ふっ。出だしは悪くない。次はゆうと、貴様じゃ」

「よし、いきます!」

 ――カラン、コロン


 2つのサイコロがお椀の中で転がり回る。出た目は大きい方が5、小さい方が4だった。つまり、54。少し大きい数字だが、まだまだ挽回できるレベルだ。


「次は我のターン! はぁぁ!」

 ――カロン、コロン


 鳴子さんが出した数字は45。つまり彼女の合計はこれで89となった。


「見たか、ゆうと! これが我の勝負運よ! なぁーははは!」

「くぅっ……!」


 一度もバーストせずにことごとく100に近づける驚異のダイス運に僕は驚嘆する。

 さすがは、勝負の神様として祀られているだけはある!


「どうした? もう降参か? なにやら顔色が悪いようじゃが」

「そんなわけないでしょう。次の二投目でこの展開を覆して見せますよ」

「ほう、面白い! ならば、見せてもらおうか! 貴様の勝負運というものを!」


 僕はサイコロをお椀から取ると力強くサイコロを握りしめ祈る。


(鳴子さんの勝負の神様方々。どうか僕に力を貸してください!)

「――!(カッ!) いざ勝負!」

 ――カロン、コロン


 祈りを込めた一投がお椀の中に吸い込まれる。僕の一投に鳴子さんも固唾を呑んで見守る。そして、サイコロが止まり、出た目は――。


「よっしゃー!! 45!! これで僕の合計は99だッ!」

「ば、馬鹿なッ! ありえん! ありえんぞッ!」


 僕の奇跡的な一投に鳴子さんは動揺して立ち上がる。この勝負、僕の勝ちだ!


「見たか、鳴子さん! 僕の勝ちだ! さぁ、負けを認めてもらいますよ!」

「くっ……! ふっふふふ……!」

「? 鳴子さん?」


 鳴子さんは俯きながら肩を震わせている。


「ふっふふ……! ふっふっふ……! あーっはっはっは!」

「な、鳴子さん?」


 突然の高笑いに戸惑う僕に彼女は顔を上げる。その表情には笑みが浮かんでいた。


「まだじゃ……まだじゃ、ゆうと! 我はまだ負けておらぬ!」

「えぇ!? でも、鳴子さん今89ですよ。あと出せる目って……」

「――11……つまり、1のゾロ目! 三投目でその目が出れば我の合計は100ッ! 逆転勝利だ!」

「そ、それはいくらなんでも無理じゃないですか!? バーストするオチしか見えませんよ!」


 鳴子さんはニヤリと笑うと、自信満々に宣言する。


「我を誰だと思っている! 我はこの勝負神社に祀られし"勝負の神"、鳴子! このような展開、我が神の力でねじ伏せてやるわ!」


 そう言うと、彼女はお椀からサイコロを勢いよく取ると、さっき僕がやったように力強く握りしめ祈り始めた。


「我に宿りし神の力よ! 今こそ我の願いに答え、我に勝利をもたらせ!」


 鳴子さんは目を瞑ると、さらに強く祈り続ける。その姿はまさに真剣そのもの。

 そして、彼女が大きく口を開く。


「――!(カッ!) 我が力の神髄を見るがいい、ゆうと! これが我のデスティニーロールだ!」

 ―—カロン、コロン


 彼女の気迫に満ちた一投に僕は思わず黙ってしまう。

 しばらくすると、サイコロの転がり回る音が消え、静寂な時間が流れる。

 僕と鳴子さんは静かにお椀の中を覗き込む。出た目は――――12だった。


「…………」

「……バーストですね。僕の勝ちです。お疲れ様でした」

「ま、待て! ゆうと! これは何かの間違いだ! もう一回! ねぇ! もう一回だけ振らせて! お願いします!」


 濡れ縁から地面に降りた勝負の神様(笑)は、プライドを捨てて僕に向かって、綺麗な土下座を披露する。

 ……本当にここでお参りした人達は勝負事に勝てたのだろうか? もはや、彼女の存在を疑ってしまうほど見事な土下座だった。

 鳴子さんの惨めな姿を呆れた目で見ていると、突然空の様子が変わり始めた。快晴だったはずの空が急に曇り始め、ついには雷鳴まで轟き始める。

 そして、次の瞬間――"ドォーーーンッ! "と激しい閃光と共に、土下座していた鳴子さんに落雷が直撃した。


「ギャアァァァーーーーーー!!!!」


 バーストした人に贈られるペナルティが神様である鳴子さんに炸裂した。

 鳴子さんは悲痛な叫び声を上げながら黒焦げになり、地面に倒れこんだ。


「…………」


 こ、怖っ……! バーストしなくてよかった……!

 僕は心の底からホッとした。やはり鳴子さんが言った天罰はろくなものじゃなかった。

 この日の勝負は、2 vs 1で僕が勝利し、鳴子さんの連敗記録はさらに更新されたのであった。


 あっ、甘味堂のプリンは美味しかったです。

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