第18話 ぼっち少女の閃き

 色羽いろはは、川の上流に向かった。本当は影に隠れているザッシュを下流に行かせて両方から策を講じたかったが、一緒じゃないとアシェラ女王に怒れるから駄目だと断られた。


「えーいっ! いいから、兵を進めろーっ! 進めーっ!」

 

 軍の後ろから、濃い茶髪でツリ目の男が叫んでいる。髪は逆立っていて、耳もピンっとしている。

 その男の号令と共に騎馬隊が進軍し、川を渡っていく。川の深さは膝くらいだから、みんな渡るのは簡単だと思っていることだろう。


「ザッシュまだだよ。もう少しひきつけないと」


 色羽は蜃気楼の魔法で隠れて、川上から様子を伺う。

 騎馬隊は一列目から三列目ぐらいまでが順に入水し、川を進んでいく。歩兵も騎馬隊に続いて歩みを進める。

 そうして今ようやく一列目が川を渡り終えようとして後ろ脚を川から出そうとした瞬間。


「いまだよっ!」


「「「「「ヒッ、ヒヒーンッ!」」」」


 色羽の号令と共に川の水に触れている全ての馬が叫んで立ち上がり、その後倒れていく。人も全員落馬している。意識を失っている者もいるようだ。


「なんだーっ! 何があった!? 止まれっ!」

「おい、止まれって!」

「無理だって! 後ろがつかえてるっ!」

 

 四列目は止まろうとしたが、後続に押されて止まれなくなり、倒れた馬に乗ってバランスを崩して次々に倒れて、人は振り落とされていく。


「「「「うわぁ!」」」」

「「「「ぎゃーっ!」」」」


 悲痛な声がこだまする。

 その結果、群衆雪崩ぐんしゅうなだれにあい、騎馬隊と歩兵隊はほぼ行動不能となった。


 実は、色羽の合図でザッシュが、川に雷の魔法を放ったのだ。影から手を出して、できるだけ水の表面近くで、雷の光がでないように。

 そのせいで川に雷の電流が走り、馬が倒れた。

 お魚さん、いたらごめんなさい。色羽は心の中で謝った。

 真田昌幸さなだまさゆきみたいにダムを決壊させて、川の増水で行く手をはばむ策はできなかったが、なりの解決策はできた。


 と、いうことで、ネズミさんたちの軍隊が混乱している。


「騎馬隊は何をしてるんだっ!」

「おい、押すなっ!」

「前が見えないっ! どうなっている?」

「歩兵もどうなった?」

「前が見えないっ!」


 いろんな声が聞こえて指揮系統もぐちゃぐちゃだ。


 これを好機と判断し、雷の魔法石を川の中に沈めて起動、濃い茶髪とグレーの斧の男の背後にまわる。二人は騎馬で前方の様子を確認しようと前に出てきている。先ほどから様子を見ていたからわかる! おそらくこの二人が大将だ。


 馬さん、いろいろごめんなさい。色羽は心の中で再度謝る。その後、二人の馬のお尻のところに手だけ出して小さな赤い炎の魔法を放つ。


「「ヒッ、ヒヒーーンっ!!」」


 二頭の馬が、悲痛な叫びのあと、いきなり前に向かって急発進する。そのまま川に入った瞬間にビリビリッ! と電気が走り馬は一度立ったあと、気絶して倒れた。

 二人共、馬から振り落とされて川に落ちたがすぐに起き上がる。さすが大将というだけあって、意識はあるようだ。


「な、なんだとっ! 電撃の走る川だとっ!」


 ツリ目の男が驚いている。


 もう一人のグレーの男は叫ぶこともなく、冷静に周囲を確認している。

 色羽は危険を察知し、雷の魔法石をすぐに回収、百メートル後退する。魔法石を回収するときは、風の魔法を自分の腕にかけて、水に触れることは避ける。


「ええーいっ! 撤退だっ! このことをデグー王に報告せねば!」


 そう言ってツリ目の男が軍隊に命令を下した。その言葉を確認した瞬間、色羽も城壁の方へ飛び立った。


「ふぅ……グレーのネズミさんの方が危ないねー! 雷の魔法石じゃやっぱり弱かったかー」


 飛びながらそう呟くと、影が揺れた。


「みんな、ただいまー!」


 下から城壁の上に手をふってニコッと笑顔で無事帰還したことを告げる。が、魔法を解いていなかった。

 城壁の上に戻り、魔法を解いて改めてニコッと笑顔でただいまを言う。


 アシェラ女王とフレに続いてみんなが心配そうにそばに来て、色羽を囲む。


「大丈夫でしたか?」


「うん、問題ないよ! 予定どおり撤退してもらってきた!」


 右手の人差し指を立ててお決まりのポージング。腰まである白金の髪がフワッと風になびく。今日は大満足だったので、茶色の眼を閉じてウインクのサービス付きだ。


「剣のツリ目のおじさんと斧のグレーのおじさんが大将ぽかったよ! ツリ目のおじさんよりグレーのおじさんの方が危険だねー!」


 アシェラ女王が残念で悲しそうな顔つきになった。とんがった斑点の猫耳もしゅんとしている。


「……おそらくドブ公爵とクマ公爵ですわね。ドブ公爵は以前から好戦的なところはありましたが……クマ公爵は非常に穏やかでお優しい方のはずなのに……残念でなりません」


「なら、早く元通りにしてあげなきゃだね!」


 色羽は、自分の計算が合っていたのですこぶる機嫌がよかった。ただ、早く終わらせた方がいいと思ったのは向こうの人さんの痩せた姿を見たからで、本心だった。


「次はこっちから攻めよう!」

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