第106話

「彩羽」

 誰もいなくなった部屋で涼太が言った。呼び捨てにされたような気がしたけれど。

「ドクターの許しを得た。来月家に戻るよ」

 そう言った涼太の声は、少し大人びて聞こえた。

「ドクターって、お医者様なの?」

 彩羽は尋ねた。涼太が首を傾げ、少し考えてから口を開く。

「白衣を着てることが多いから、みんなドクターって呼ぶけど、医者ではないと思う。本部との調整役をしてくれてる人で、元々は本部の、もっと上の階級だったみたいだけど」

「元々は?」

「悪さをしたせいで降格されたって言ってた。観音様の逆鱗に触れたとか何とか。あの人の話だから、どこまで本当か分からないけどね」

 彩羽は吹き出した。面白い人だ、本当に。

 外の声は聞こえなくなり、何の音もしなくなった。涼太が側に座る。静寂という名にふさわしい、都会では考えられないほどの静けさを感じながら、しばし無言の時が続いた。

「彩羽」

 やはり呼び捨てにされた。涼太が彩羽の眼を覗き込む。ふわりと、涼太の髪が頬に触れた。

「寂しいだろうけど、もう少し待ってて」

 抱き締めると呼ぶにはあまりに優しい腕は、やはり華奢で、女の子と抱き合っているようにしか感じられなかったけれど。

「世界が終わる日には、必ず側にいるから」

 涼太は大人の口調でそう言った。

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