第54話 祝勝会の夜は更けて

「いや、皆よくやってくれた。今晩は大いに騒いで飲んでくれ!」


 その夜、僕らは勝一郎しょういちろうじいさんの離れに招待されていた。応接室はすっかり模様替えされ、パーティー会場に作り替えられている。


 僕たちがあまり堅苦しい席は、と言ったためか、食事はホテルのバイキングスタイル。壁際にずらりと並んだ料理を、めいめいが勝手に取って席で食べる方式が採用されている。


 メニューは和・洋・中華と幅広く、どれもこれも高級食材がふんだんに使われていて、輝いて見えた。なのに服装は普段着で構わない、ということで、僕たちは大いにくつろぎ、かつ楽しんでいた。


「姉御のドレス姿も綺麗で良かったけどなあ」

「やだ、珍しくお世辞? 私、Tシャツの方が全然気楽でいいわー」

「だよな、ハハハ……」


 啓介けいすけ関田せきたさんとの距離を必死に縮めようとしている。今日が旅行最終日だというのを思い出したのだろう。


「そういえば啓介、体は大丈夫だった? 犯人と正面衝突したじゃん」

「ん? 全然平気。ちょっと休んだらいつも通り」

「丈夫な頭で良かったなあ」


 関田さんにもしゃもしゃと頭を撫でられて、啓介は幸せそうにしていた。この分なら大丈夫そうか、と僕は胸をなでおろす。


「じゃ、私は料理とってくる。まだ食べてないのが山ほどあるんだ!」

「あ、姉御待って。置いてかないで」


 啓介は生まれたてのカルガモのように、関田さんについていった。よく考えたら、僕らのバタバタに巻き込んで、ヨットツアーも中止になってしまったから……ちょっとかわいそうなことをしたな。


 僕は啓介の後ろ姿に声をかけようとして……そしてやめた。


「君が気に病む必要はないから。全部、私が発端なんだしさ」


 いつのまにか僕の隣にユカが立っていた。彼女は食事もとらず、肩を落としている。


「ごめんね。本当に色々迷惑かけて」

「いやそんな。悪いのは犯人なんだから、ユカさんが謝ることないよ。僕だってそう思ったから、さっき啓介に謝るの、やめたし」


 僕は本心から言ったのだが、ユカはなかなか引き下がらなかった。


「そう言われても……何かしないと。友達紹介しようか?」

「別に共通点もないし……」

「メーカーからもらった物ならいっぱいあるよ?」

「いらない」

「おばあちゃんの知恵袋を貸してあげようか!?」

「ホントにいいったら」


 ユカさん、なかなか錯乱している。僕は彼女を落ち着かせるために、一計を案じた。


「……じゃあ、一つだけお願いを。この事件のことは、忘れて」

「君……」

「僕たちはリゾートで知り合った、ただの友達。それでいいでしょ?」


 僕がそう言うと、ユカはしばらく感極まった様子だった。それからぐいっと目元をぬぐって、正面から僕を見据える。


「そうだね。船の中では、ホントに楽しかった」

「うん、その調子で」

「だからさあ、あの指輪をつけた写真。一枚だけでもアップさせてくれると助かるんだけどお」

「それはダメ」


 僕はきっぱりと言った。友達でも、ダメな時はダメって言わないとね。


「ちぇー。いいもんね、料理ヤケ食いしてやるから」


 ユカは残念そうに口を尖らせると、啓介たちを追っていった。こちらも元気になったようで、良かった。


「……ユカと話をしていたのか?」


 今度は獅子王ししおうさんが現れた。彼女は短い丈の青いワンピースをまとっている。すらりとした足が惜しげも無く見えるものだから、背後の早乙女さおとめさんが文字通りよだれをたらしていた。彼女のシックな白いブラウスが台無しにならないといいのだが。


「うん。落ち込んでたけど、元気になってくれたみたいで良かった」

「なら問題ないか。彼女はうちが招いた客だ。嫌な思いをしたまま帰ってもらっては、リゾートの甲斐がない……歓待しようと思っていたが、もう済んでいるならよかろう」


 獅子王さんはそう言って、僕に向き直った。


「本来の用はもう一つある。捜査の経過が少し分かってな。聞きたいかと思ってきたのだ」

「うん、気になるね」


 竹中たけなかは完全自供したが、僕と渚沙なぎささんの偽物は写真投稿以外の容疑を否認しているという。つまりニセ写真の撮影にも協力していないし、ユカのスマホを盗んでもいないということだ。


 時間的に考えて、少なくともスマホを盗んだのは偽物たちで間違いない。竹中はその時間、ツアーで海上にいるからだ。


「なんて往生際の悪い奴ら……」

「あの二人、実は大学生でな。就職も決まっているというから、犯罪者になりたくなくて必死なんだろう」

「あ、でも。監視カメラを見れば!」

「予想通り、帽子にサングラスにマスク姿だ。それだけで人物の特定は難しいな。竹中から借りたと思われるロッカーのマスターキーも調べてみたが、指紋は残ってなかった。犯人は手袋をしてたからな」


 僕は唸った。ならばあの二人は、まんまと逃げおおせてしまうのだろうか。


「……だが、すぐに逮捕となるだろう」

「え? なんで?」

「竹中は、SNSのダイレクトメッセージで二人とやり取りしていたと言っている。ああいうのは、逐一データが残るからな。警察が調べてそれをつきつければ、知らぬ存ぜぬはできないだろう」

「なんてザルな計画……」


 SNSのメッセージは普通のアカウントでは見られないが、管理者からは丸わかりだ。それで犯罪計画なんて、証拠をわざわざ自分から撒いているようなものだと思うが……そういう事件は後を絶たない。


「緻密な計画を立てる頭があるなら、犯罪の誘いになど乗るまいよ」

「おっしゃるとおりです、牧埜まきのさま」


 早乙女さんが深くうなずいた。


「牧埜さま、そろそろお爺さまが焦れていらっしゃいますよ」

「おっと、いかんな。私は戻るが、大いに楽しんでくれ」


 獅子王さんと早乙女さんは、そう言って勝一郎じいさんのテーブルに戻っていった。


「……どうしたの?」


 その様子を見ながら中西くんがしきりにため息をついているので、僕は近寄って肩をたたいた。


「わ……あ、君か。すまない、取り乱した」

「ぼーっとしてるから、気になってさ」

「いや……初恋の君が目前にいると思うと、どうしても落ち着かなくて……」

「はい?」


 僕はいきなり出てきた話に目を丸くした。いや、中西くんに好きな子がいることはわかっていたけれど。


「それってまさか、早乙女さんのことなの?」

「い、言うな。声が大きいぞ!」


 中西くんの声の方がよほど大きいのだが、その指摘は黙殺された。


「あれは三年前、僕が大きな町の汚らしい路地を歩いていると……そこにたむろしていたオークに襲われたのだ」


 正確な話を聞き出すと、路地にたむろしていた高校生にカツアゲされたのだという。体格差もあり、相手の方が人数も多く……殴られ脅されて、もう金を渡すしかないと諦めたとき、突如旋風のように現れた女子が高校生たちをなぎ倒して去っていったらしい。


「いやあ、あの見事さはまさに姫騎士のごとく……僕は殴られて目の上が腫れ上がっていたから、あまり顔が見えなかったんだけどね」

「それからずっと、その子を探していたの?」

「一応、制服から通っている学校はわかったんだけどね。他に手がかりもないから、すっかり諦めてたんだ。でも、昨日の身のこなしで分かった。彼女で間違いないよ」


 僕は感心した。女騎士に助けられて恋をする少年なんて、物語の中の出来事ではないか。僕たちの告白よりドラマチックかもしれない。


「ああ、これで夢が叶うかもしれない。彼女にもう一度、『さっさと立ちなさいよこの薄汚い豚が』って言ってもらえる」

「中西くん、それは本心なのかな?」


 僕が何度聞いても、中西くんはうっとりしている。どうやら、紛れもない本心らしい。……まあ、人の好みってそれぞれだしね。


「では麗しの君にご挨拶してくるよ。アデユー」


 中西くんはスキップしながら早乙女さんを追っていった。なかなか大変な恋だとは思うが、頑張ってほしい。


「……って一通り会話したけど、肝心の渚沙さんがいないな」


 確か来るときは一緒だったのだが、いつの間にかはぐれてしまった。僕が視線をさまよわせていると、お爺さんの方の早乙女さんがすすっと寄ってきた。


遠海とおうみ様なら、最上階のバルコニーにおられるかと」

「え? なんでそんなところに」

「お腹がいっぱいになったので、星の見られるところはないかと聞かれましたので。バルコニーなら椅子もございますし、ゆっくり見られますよ」


 そう言い終わってから、早乙女さんはさらに付け加えた。


「ああ、そうそう。椅子は二脚ございます」

「……分かりました」


 僕もそろそろ、外の空気にあたりたい頃だ。この季節なら寒くもなく、気持ちいい風が吹いているだろう。





※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「啓介と関田さんのデートも見たかったな」

「中西くんはMなのか……」

「星空の下でデートとは粋な……」

など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。

作者はとてもそれを楽しみにしています!

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