第50話 思わぬ救世主

「……さすがに人の不幸をダシにして投稿するのはどうかと」


 事故現場でスマホを掲げるような人間をずっと軽蔑してきたのだが、まさかユカも同じ穴の狢とは思わなかった。僕のきつい視線を受けて、ユカが口を開く。


「違う!! 私じゃない!!」

「いや、あんたのアカウントで投稿されてんじゃん。あのな、バレた時は素直に謝っとくのが叩かれないコツだぞ」


 啓介けいすけが経験に基づいた、やけにリアルなアドバイスをした。


「違うって言ってるでしょうがよ!!」

「クエッ……」


 ユカに首をしめられて、啓介はニワトリのような声をあげた。僕はその間にスマホを見て、ふと違和感を抱く。なんだろう。何かがある。見逃してはならない、何かが。


「……それはそうとしてユカさん、そろそろ離してやらないと死ぬよ」


 僕が声をかけると、ユカは渋々啓介から離れた。


「あーもう、どうしてくれんだこの凶暴女!! 首にお前の手形ついてるぞ!!」

「手形……」


 その単語を聞いて、僕ははっとした。改めてユカのスマホを見直す。


「……啓介。これ、ホントにユカさんの投稿じゃないかも」

「は!?」


 僕は次にユカさんの手を引いた。


「お願いがあります。一旦、獅子王ししおうさんたちを集めてください」




 それから間もなく、勝一郎しょういちろうじいさんの離れに関係者が集まった。僕たち五人のグループに加えて獅子王さんと早乙女さおとめさん。それにじいさんと執事さん、警察の責任者だという壮年男性。少人数だったが、室内は異様な熱気に満ちていた。


「まずはこれを見て下さい。僕が救助されている様子を見たインフルエンサーが思わず投稿した……風に見えますが、実際は全く違います」

「え?」

「何を言っている。ちゃんとお前と、インストラクターが映っているではないか」


 鼻を鳴らした獅子王さんに、僕はこめかみにかかった髪をあげてみせた。


「……なんだそれは? 痣か?」

「そう。今朝、寝ぼけた啓介に思いっきり殴られてついた痣です。──この写真が本当に今日のものなら、僕の顔にこの痣がないとおかしい」

「おい、画像を拡大しても痣がないぞ!」


 奇妙なものだ。さんざん苦労した啓介の寝相の悪さに、こんなところで助けられるなんて。


「つまりこれは、捏造写真です。写真が偽物ということは、投稿した相手もユカさんでない可能性が非常に高い」


 ユカは本物しか扱わない。その信念に嘘はないはずだ。しつこくつきまとわれたからこそ、彼女の熱意を信じる。


「なんのために?」

「……多分、ユカさんをSNSから追い出すために。見て、このコメント」


 ユカの投稿には、すでにたくさんのコメントがついている。その中に、こんなものがあった。


『人が事故に遭ってんのに黙って撮ってたの? ユカ、性格悪っ』

『さすがにそこまでするの、引くわー』

『フォロワーいない中坊じゃないんだから、気をつけりゃいいのに』


 最初はそういったコメントから始まって、今ではあからさまな罵倒さえ混じり始めていた。一件汚い言葉が入りこんでしまえば、後はあっという間に荒れていく。


「人間、自分が正義だと思うと傲慢になる。匿名で正義の味方になれるインターネットだとなおさらだな」


 勝一郎じいさんがつぶやいた。


「ユカさん、敵は多いのかね。少なくともこの数年間、あんたにスキャンダルはないと判断して、今回の仕事を頼んだんだが」

「……過去には少しトラブルになったことがあります。しかしおっしゃる通り、最近は身辺に気をつけていたので何もなかったんですが」


 じいさん相手には、ユカは社会人らしい話し方をした。そして、自転車とペンキの件を伝える。


「その時の犯人は捕まってないんです。なので、もしかしたら」

「そやつが潜り込んで、ユカ様のスマートフォンから勝手に投稿したという可能性は

 あるわけですな」

「その信憑性のために事故まで起こすとは……なんとも気の長い恨みだ」


 勝一郎じいさんがため息をついた。


「……でもさあ、スマホなんてずーっと持ち歩くものでしょ? なくなったらすぐに気付くんじゃない?」


 関田せきたさんが疑問を呈した。それを聞いて、ユカが首を横に振る。


「ううん。手放した時があった。イルカツアーに出た数時間、スマホと手荷物はロッカーに置きっぱなし」


 もちろんスマホにロックはかけていたが、そのパスワードはユカが初めてSNSでバズった日付だという。ファンであれば印象深い日だから、それを読まれて解除された可能性は十分ある。


「……しかし、ユカ様の携帯からの投稿でないと、信憑性は薄れますな。貶めるには不十分では?」

「それがうまくいかなかったら、別の方法をとっていたと思います」


 例えば……あまり考えたくないが、今度はユカ本人を狙うとか。


「なるほど。すでにジャケットの件で、人に危害を加えるというタガが外れてしまっておりますからな。考えられないことではありません」


 執事さんがうなずいた。


「一刻も早く逮捕しなければ。勝一郎様、お願いしていた従業員のリストはございますか? それと、ロッカールーム入り口の監視カメラの映像も見せていただきたいのですが」


 警察官がてきぱきと動き始めた。勝一郎じいさんもうなずき、執事さんに指示を出している。


「……なあ。なんでいきなり、従業員が怪しいとか監視カメラとかの話になってんだよ」


 啓介が小声で聞いてきた。早乙女さんがそれを聞いて鼻を鳴らす。


「当たり前でしょ。この写真のスーツには、獅子王家のマークが入ってる。従業員でもない限り、手には入らないわよ」

「それに、ユカはリゾートに来るとは投稿しているが、ツアーのことには一言も触れていない。彼女がツアーに参加していないと、事故を目撃することもできず後から辻褄があわなくなる。……残念だが、予約を把握できるスタッフの誰かが犯人と考える しかないのだ」


 獅子王さんも捕捉してくれた。さすが、学年一位と二位のコンビ。


「監視カメラってのは?」

「ダイビング中、皆は港近くの更衣室に荷物を預けていた。その更衣室の中に入らなければ、ユカのスマホは手に取れない。つまり、該当時間に入り口の監視カメラに映っていた人物が犯行グループの一員だ」

「な、なるほど」

「……まあ、相手もそれは分かっていて、顔を隠すくらいはしているだろうがな。こっちは職員ではなく共犯者の仕業だろうし」


 獅子王さんが心配するように言った。すると、勝一郎じいさんが胸を叩く。


「案ずるな、牧埜まきの。この島くらいなら、草の根分けても探し出してやるわい」

「……それに、従業員の方はすぐに当たりがつくでしょう。おそらく、今日担当した

インストラクターでしょうからな。そうでなければ、顔をさらした意味がなくなる」


 僕はうなずいた。


 僕(偽物)の顔は明後日の方向を向いているからごまかせるが、インストラクターの顔ははっきり映っている。……見覚えのある、僕を助けに泳いできた女性の顔だ。


 あの時は救いの女神に見えたのだが、実は死神だったなんて思いもよらない。





 ※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「まさか啓介が救世主になるとは」

「さすが才女コンビ」

「獅子王グループの全力ってすごそう」

 など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。

 作者はとてもそれを楽しみにしています!


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